つのだじろうの漫画がつまらないという評価は本当?その理由を考察

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「つのだじろう」という名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

『恐怖新聞』の絶望感、あるいは『うしろの百太郎』で語られる心霊科学の奥深さ。昭和の漫画界において、オカルトブームの火付け役として君臨した巨匠です。しかし、令和の今、ネットの掲示板やSNSでは「つのだじろうの漫画はつまらない」「今読むと期待外れ」といった声が散見されるのも事実です。

かつて日本中を恐怖のどん底に陥れた作品が、なぜ現代では「つまらない」と評されることがあるのでしょうか。その評価の裏側にある正体と、今だからこそ味わえる本当の魅力を深掘りして考察していきます。


現代の読者が「つまらない」と感じてしまう4つの理由

まずは、なぜ「つまらない」という評価が生まれてしまうのか、その具体的な理由を冷静に分析してみましょう。ここには、時代背景の変化とエンターテインメントの進化が大きく関わっています。

1. 絵柄のクセが強すぎて「シュール」に見える

つのだじろう先生の絵は、一度見たら忘れられない強烈なインパクトがあります。驚いた時の「飛び出す目玉」や、恐怖に歪む独特の表情。当時はそれが純粋な恐怖として受け入れられていましたが、現代の洗練されたアニメ調の絵柄に慣れた世代からすると、あまりのオーバーリアクションに「ギャグに見えてしまう」という現象が起きています。

ホラーとして読んでいるのに笑えてしまう。この温度差が、真剣に怖がりたい読者にとっては「期待外れ=つまらない」という評価につながっているのです。

2. オカルト理論が長くて説教臭く感じる

特に『うしろの百太郎』以降の作品に顕著ですが、物語の途中で心霊科学や霊界の法則に関する解説が長く挿入されることがあります。「守護霊とは何か」「因果応報とはどういう仕組みか」といったレクチャーです。

スピーディーな展開を好む現代の読者にとって、この解説パートは「物語のテンポを削ぐもの」として映ります。エンタメを楽しみたいのに、途中で講義を聞かされているような感覚に陥り、退屈さを感じてしまう層がいるのは否定できません。

3. 「因果応報」という結末のパターン化

つのだ作品の多くは、「悪いことをした人間には霊障が起きる」「あるいは前世の因縁で逃れられない不幸が訪れる」という勧善懲悪、あるいは宿命論に基づいています。

今のホラーは、理不尽で理由のない恐怖を描くもの(ジャパニーズホラーの潮流など)が多いですよね。それに対し、つのだ作品の「悪いことをしたから報いを受ける」という明確すぎるロジックは、先の展開が読みやすく、ミステリー要素を求める人には物足りなく感じられるのです。

4. 恐怖演出がすでに「やり尽くされた」ものだから

『恐怖新聞』で描かれた「読むたびに寿命が縮まる新聞」という設定や、窓の外に立つ不気味な霊の構図。これらは、後世の漫画、映画、バラエティ番組で散々オマージュされ、パロディ化されてきました。

つまり、今の読者がつのだ作品を初めて手に取ったとしても、すでにどこかで見たことがある「既視感」に襲われるのです。元祖であるはずの作品が、皮肉にも「ベタなネタ」に見えてしまう。これが古典名作が抱える宿命的な「つまらなさ」の正体かもしれません。


つのだじろうは単なる「ホラー作家」ではない

「つまらない」という評価を下す前に知っておきたいのが、つのだじろう先生の驚異的なキャリアの幅広さです。実は、彼はもともとギャグ漫画やスポーツ漫画で頂点を極めた天才でした。

ギャグと熱血の遺伝子

忍者あわて丸などの初期作品を見れば分かるとおり、つのだ先生はもともと一級品のギャグセンスを持っていました。また、梶原一騎先生と組んだ空手バカ一代では、泥臭くも熱い男の世界を圧倒的な画力で描き出しています。

あの独特の「誇張された表情」は、ギャグ漫画で培われた表現力がホラーに転用されたものなのです。そう考えると、怖さと可笑しさが紙一重である理由も納得がいきますよね。

日本のオカルト概念を作った功績

今では当たり前に使われている「守護霊」「背後霊」「霊障」といった言葉。これらを日本のお茶の間に定着させたのは、紛れもなくつのだじろう先生です。

単なるフィクションとして描くのではなく、自身も心霊調査に同行し、心霊写真の鑑定まで行うという「リアリティへの執念」がありました。彼の漫画は、当時の子供たちにとっての「心霊現象の教科書」だったのです。この歴史的背景を知ると、作品の見え方はガラリと変わります。


逆に今こそ評価すべき!つのだ作品の真の面白さ

「古臭い」を通り越して、今、一部の若い層やサブカル好きの間では、つのだじろう作品の再評価が進んでいます。なぜ、今あえて読むべきなのでしょうか。

1. 圧倒的な「昭和の闇」の空気感

今の漫画にはない、画面全体から漂う「重苦しさ」と「おどろおどろしさ」。スクリーントーンを多用しない、生々しい描き込みによる闇の表現は、デジタル作画では出せない独特の圧迫感があります。昭和という時代の、少し不衛生でミステリアスな空気感に浸れるのは、大きな魅力です。

2. ツッコミどころ満載の「パワー・ホラー」

「そんなバカな!」と叫びたくなるような超展開。これを楽しむのが、大人の嗜みです。理屈を超えた情熱と、読者を恐怖(あるいは困惑)のどん底に突き落とそうとする作家の熱量。そのパワーに圧倒される体験は、整合性ばかりを気にする現代の作品ではなかなか味わえません。

3. 短編としての完成度の高さ

特に恐怖新聞の初期エピソードは、短いページ数の中で完璧な起承転結と絶望的なラストが構築されています。アイディアの鋭さは、今読み返しても「発明」と言えるレベルのものが少なくありません。


つのだじろう作品を楽しむためのコツ

もしあなたが、これからつのだ作品を読んでみようと思っている、あるいは一度挫折したことがあるなら、以下のスタンスで向き合ってみてください。

  • 「ドキュメンタリー」として読む: 70年代の日本で何が信じられ、何が恐れられていたのかを探る歴史資料として楽しむ。
  • 「様式美」を愛でる: 歌舞伎や時代劇のように、「あの顔が出た!」「例の解説が始まった!」というお決まりのパターンを楽しむ。
  • 夜中に一人で、スマホを置いて読む: 現代のノイズを遮断し、紙の質感(あるいは電子書籍でも画面を暗めにして)で、じっくりと「闇」と向き合う。

まとめ:つのだじろうの漫画がつまらないという評価は本当?その理由を考察して見えたもの

結論として、**「つのだじろうの漫画がつまらないという評価は本当か?」という問いへの答えは、「現代のエンタメの尺度で測れば物足りない部分はあるが、作品の本質的な価値が消えたわけではない」**と言えます。

「つまらない」と感じてしまうのは、私たちが多くのフォロワー作品に触れ、目が肥えてしまったからに他なりません。むしろ、今なお多くのクリエイターに影響を与え続け、ネタにされ続けること自体が、その作品が持つ「核」の強さを証明しています。

もしあなたがうしろの百太郎恐怖新聞を「古臭いホラー」として切り捨ててしまうなら、それはあまりにも勿体ないことです。そこには、一つの時代を創り上げた男の狂気と情熱、そして目に見えない世界への純粋な探求心が詰まっています。

一度その「アクの強さ」に慣れてしまえば、他のホラー漫画では物足りなくなるような、深い沼が待っているかもしれません。ぜひ、先入観を捨てて、昭和が産んだ「本物の恐怖」に触れてみてください。

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