「キン肉マン二世(II世)」という作品を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
伝説の超人たちの息子たちが活躍する熱い新世代の物語でしょうか。それとも、物語の終盤で見せた、どこか煮え切らない完結への違和感でしょうか。
ネット上では長年「キン肉マン二世は打ち切りだったのではないか?」という噂が絶えません。あんなに人気があったはずなのに、なぜ急に終わってしまったのか。そして、なぜ現在は「初代」の続きが描かれているのか。
今回は、ファンが抱き続けている「キン肉マン二世 打ち切り説」の真相に迫りつつ、賛否両論を巻き起こした「究極の超人タッグ編」の評価についても深く掘り下げていきます。
キン肉マン二世にささやかれる打ち切りの噂は本当か
まず結論からお伝えしましょう。公式な記録として『キン肉マン二世』が「打ち切り」になったという発表は一度もされていません。連載終了時も、形式上は物語が結末を迎えたことによる「完結」として扱われました。
しかし、なぜこれほどまでに打ち切り説が根強く支持されているのでしょうか。そこには、連載当時の不可解な流れが関係しています。
最大の理由は、最終章である「究極の超人タッグ編」が完結した直後の動きです。2011年に同作が終了すると、作者であるゆでたまご先生は、間を置かずにWeb連載という形で「初代キン肉マン」の正当な続編(完璧超人始祖編)をスタートさせました。
物語のバトンが「息子(万太郎)」から再び「父(スグル)」へと強引に引き戻されたような印象を与えたため、読者の目には「二世の物語を半ば強制的に切り上げて、本来やりたかった初代の続きにシフトした」と映ったのです。
また、単行本の巻数も影響しています。初代が長年にわたり愛され続けている一方で、二世はシリーズ合計でかなりのボリュームがあるものの、最後の方はアンケート順位や注目度が全盛期に比べて落ち着いていたことは否めません。こうした背景が、ファンの間で「実質的な打ち切りだったのではないか」という疑念を生むきっかけとなりました。
究極の超人タッグ編が「不評」と言われる理由
打ち切り説を補強する材料として語られるのが、最終シリーズ「究極の超人タッグ編」の評価です。このシリーズは、未来から来た万太郎たちが過去(初代の時代)にタイムスリップし、若き日のロビンマスクやテリーマンたちとタッグを組んで戦うという、ファンなら垂涎ものの設定から始まりました。
しかし、連載が続くにつれて読者の反応は厳しくなっていきます。その主な要因をいくつか整理してみましょう。
試合展開の長期化と中だるみ
このシリーズは、一試合を描き切るのにかかる時間が非常に長くなりました。週刊連載という枠組みの中で、一つの技の攻防に何ヶ月も費やす展開が続き、読者がカタルシスを得る前に疲弊してしまったのです。
初代超人たちの「老害化」とも取れる描写
過去のレジェンド超人たちが、未来から来た息子たちの言葉を信じずに拒絶したり、必要以上に頑固な態度を取ったりする描写が目立ちました。初代ファンからすれば「自分のヒーローがこんな嫌な奴であってほしくない」という反発を生み、二世ファンからすれば「新世代超人の活躍が見たいのに、初代が邪魔をしている」という不満につながりました。
新世代超人(二世キャラ)の扱いの悪さ
ジェイドやテリー・ザ・キッドといった、初期から人気のあった新世代超人たちが、次々と無残な敗北を喫しました。彼らの成長を見守っていたファンにとって、噛ませ犬のような扱いは受け入れがたいものでした。
結局、最後はキン肉マンと万太郎の親子関係に集約されていくのですが、そこに至るまでの道のりが長すぎたため、完結した瞬間に「やっと終わったか」という安堵感が生まれてしまった。これが、打ち切り感を強める要因になったのは間違いないでしょう。
アニメ版が途中で終わったことも影響している
原作漫画だけでなく、アニメ版『キン肉マンII世』の終わり方も打ち切り説に拍車をかけています。
アニメは2002年にスタートし、当初は土曜日の朝という絶好の時間帯で放送されていました。しかし、その後は深夜帯へと移り、最終的には「ULTIMATE MUSCLE 2」というタイトルで一部の地域やCS放送などで細々と続けられる形になりました。
アニメ版のラストは、原作でいうところの「超人オリンピック編」付近で区切られており、その後に続く「悪魔の種子(デーモンシード)編」や「究極の超人タッグ編」は映像化されていません。物語が最高潮に達する前にアニメが終わってしまった記憶が、原作の連載終了と混ざり合い、「二世はどこかで失敗して終わった作品」というイメージを定着させてしまった可能性があります。
もしアニメを視聴したい場合は、キン肉マンII世 DVDなどで過去の映像を振り返ることができます。当時の熱気を感じることができるはずです。
打ち切りではなく「戦略的な幕引き」だった可能性
一方で、冷静に分析すると、これは打ち切りではなく「戦略的な幕引き」だったと捉えることもできます。
ゆでたまご先生は後にインタビューなどで、二世を描いている最中から「初代のキャラクターをもっと動かしたい」という欲求が強まっていたことを明かしています。二世という作品を通じて、改めて「キン肉マン」というコンテンツの核がどこにあるのかを再認識したのではないでしょうか。
二世が完結したことで、現在連載中の「完璧超人始祖編」以降のシリーズが始まりました。この新シリーズは、かつてのファンを呼び戻すだけでなく、新規ファンも獲得するほどの超傑作として評価されています。
二世で培った現代的なドラマ描写や複雑な伏線回収の手法が、初代の続編に完璧に活かされています。つまり、二世は「キン肉マン」という伝説を再構築するための、避けては通れない必要なステップだったのです。
また、作中に登場するキャラクターグッズやフィギュア、キン肉マン 漫画の全巻セットなどは、連載終了後も根強い人気を誇っています。本当に人気がなくて打ち切られた作品であれば、これほど長く関連商品が愛されることはありません。
万太郎とスグルの物語が残したもの
『キン肉マン二世』が残した功績も忘れてはいけません。
主人公・万太郎は、父・スグルとは異なり、最初はわがままで臆病な性格として描かれました。しかし、仲間の死や強敵との戦いを通じて、真の「火事場のクソ力」を修得していく過程は、非常に見応えがありました。
特に、ケビンマスクというカリスマ的人気キャラを生み出したことは、二世最大の功績と言っても過言ではありません。ケビンと万太郎のライバル関係は、初代のスグルとロビンの関係を現代風にアップデートしたものであり、今なお多くのファンの心を掴んでいます。
たとえ終わり方が唐突に感じられたとしても、二世が描いた「親子の葛藤」や「受け継がれる意志」というテーマは、今の「キン肉マン」にも脈々と流れています。
キン肉マン二世は打ち切りだった?連載終了の真相と究極の超人タッグ編の評価を徹底解説:まとめ
改めて振り返ると、『キン肉マン二世』は決して失敗作でも、単純な打ち切り作品でもありませんでした。
「究極の超人タッグ編」での迷走や、初代への急激なシフトチェンジが、読者に「打ち切り」という印象を与えてしまったのは事実です。しかし、その裏には「キン肉マンという作品を永遠のものにするための、作者の苦悩と決断」があったことが伺えます。
万太郎たちの戦いは、歴史の表舞台からは一度退いた形になりましたが、彼らがいたからこそ、今のキン肉マンの盛り上がりがある。そう考えると、あの完結もまた、一つの大きなドラマだったと言えるのではないでしょうか。
もし、二世を途中で読むのを止めてしまったという方がいれば、今こそ改めて読み返してみてください。当時は気づかなかった、新世代超人たちのひたむきな姿に、きっと胸を打たれるはずです。
最後に、作品に深く触れるためのアイテムとして、キン肉マンII世 文庫版などを手元に置いて、あの熱い戦いをもう一度追いかけてみてはいかがでしょうか。二世という作品の真の価値は、完結から時間が経った今だからこそ、より鮮明に理解できるかもしれません。
キン肉マン二世は打ち切りだったのか、それとも必然の完結だったのか。その答えは、作品を最後まで見届けたあなた自身の心の中にあるはずです。

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