「シグルイ」という作品を読み終えた時、椅子から立ち上がれないほどの衝撃と、どこか突き放されたような感覚に陥りませんでしたか?そのあまりにも潔すぎる、あるいは唐突とも取れる幕切れから、ファンの間では長年「シグルイ 打ち切り」という噂が絶えません。
しかし、結論からお伝えしましょう。本作は打ち切りではなく、作者・山口貴由先生の計算し尽くされた構成によって完結を迎えています。では、なぜこれほどまでに「打ち切り」という言葉が付きまとうのか。
今回は、読者が抱く打ち切り説の背景、原作小説との決定的な違い、そして今なお議論を呼ぶ最終回の真意について、深掘りしていきます。
なぜ「シグルイは打ち切り」という噂が広まったのか
「シグルイ」が連載されていた「チャンピオンRED」誌上において、本作は看板作品の一つでした。それにもかかわらず打ち切り説が出る背景には、主に3つの理由があります。
最終回までのスピード感と密度
物語のクライマックス、藤木源之助と伊良子清玄の御前試合。二人の因縁は1巻から積み上げられてきましたが、実際の試合そのものは、これまでの緻密な溜めに比べると驚くほど一瞬で決着がつきます。この「一瞬の交差」による決着が、物語を急いで畳んだ印象を与えたのかもしれません。
救いのない結末への戸惑い
勝利したはずの藤木に待ち受けていたのは、栄光ではなく、武士としての尊厳を剥奪されるような屈辱的な事後処理でした。さらに、ヒロインである三重の自害。読者が期待していた「カタルシス」や「ハッピーエンド」とは真逆の、冷徹な現実を突きつける幕切れだったことが、「何か事情があって無理やり終わらせたのではないか?」という疑念を生んだのです。
原作の「一部」を描いたという特殊性
本作には南條範夫氏の傑作時代小説駿河城御前試合という原作があります。原作は全11試合を描くオムニバス形式ですが、漫画版はその中の「第1試合」のみに焦点を当てたものです。原作の全体像を知る読者からすれば、「他の試合はどうなったの?」という疑問が、打ち切りという言葉に変換された可能性があります。
原作『駿河城御前試合』と漫画版の決定的な違い
漫画「シグルイ」を語る上で、原作駿河城御前試合との比較は避けて通れません。山口貴由先生は、原作のプロットを借りつつも、そこに「残酷の美学」と「武士道の狂気」という独自の血を通わせました。
物語の構造の違い
- 原作:駿河大納言・徳川忠長の狂気から始まった11番の試合を淡々と、しかし凄惨に描く連作短編集です。
- 漫画:第1試合の二人に全15巻を費やし、彼らの幼少期、虎眼流の修練、三重を巡る愛憎、そして武士という身分の呪縛を重層的に描き出しました。
キャラクター造形の深化
原作の藤木や伊良子は、あくまで腕の立つ剣客という位置づけですが、漫画版ではその内面が恐ろしいほど掘り下げられています。
藤木の「岩のような忠義」と、伊良子の「天を衝く野心」。この二つの生き様がぶつかり合うことで、単なる剣術試合を超えた、生存をかけた魂の削り合いへと昇華されました。
ラストシーンの解釈
原作でも三重は自害しますが、漫画版での自害はより重い意味を持ちます。藤木が主君の命に従い、死した伊良子の首を無慈悲に刎ねる姿。それを見た三重が「私が愛した(あるいは憎んだ)武士としての矜持は、この男にはもう残っていない」と悟る描写は、漫画オリジナルの残酷な演出です。
最終回の三重の自害と藤木の「敗北」を読み解く
「シグルイ」の最終回において、最も読者を戦慄させたのは、試合の勝敗よりもその後の「崩壊」です。
三重はなぜ自ら命を絶ったのか
三重が求めていたのは、伊良子への復讐であると同時に、自分をこの地獄から連れ出してくれる「人間としての藤木」だったのではないでしょうか。
しかし、勝利の瞬間に藤木が見せたのは、主君の非道な命令をただ遂行する「機械(傀儡)」としての姿でした。伊良子の死によって復讐の対象を失い、さらに唯一の希望だった藤木が「武家社会の部品」に成り果てたことを確信した時、彼女には死以外の選択肢が残されていなかったのです。
勝者・藤木源之助の悲劇
剣の腕では勝利した藤木ですが、精神的には完敗していたと言わざるを得ません。
対する伊良子清玄は、盲目、片腕、社会的地位の剥奪という絶望的な状況にありながら、最後まで己の美学と野心を貫き通しました。死の間際まで「個」として輝き続けた伊良子に対し、生きて「組織」の歯車に戻った藤木。この対比こそが、本作が描こうとした武士道の真実です。
『シグルイ』を再評価する:打ち切りどころか稀に見る傑作
ネット上では「シグルイ 打ち切り」という検索ワードが散見されますが、改めて全15巻を読み返すと、これほど無駄がなく、一貫したテーマ性を持った作品は他にありません。
- 残酷描写の裏にある美学:単にグロテスクなだけでなく、人体構造への深い造詣と、精神の極限状態を視覚化した山口先生の画力は芸術の域に達しています。
- 封建制度への痛烈な批判:本作は、武士道を美化するのではなく、そのシステムがいかに人間を壊し、歪めていくかを徹底的に描いています。
- 15巻という完成されたボリューム:だらだらと引き伸ばすことなく、最も熱量の高い状態で物語を完結させたことは、むしろ読者への誠実さと言えるでしょう。
衝撃の結末を見届けよ!シグルイの打ち切り説を越えた真の評価
いかがでしたでしょうか。「シグルイ 打ち切り」という噂の正体は、作品があまりにも強烈な個性を放ち、読者の予想を裏切る形で完結したことへの「畏怖」に近い反応だったと言えます。
本作は、藤木と伊良子という二人の男が、時代の荒波に揉まれながらも、己の信じる「道」を突き進んだ軌跡です。その終着点がどれほど暗く、冷たいものであっても、そこには確かに彼らが生きた証が刻まれています。
もし、まだ本作を最後まで読んでいない、あるいは「打ち切りだと思って敬遠していた」という方がいれば、ぜひ手に取ってみてください。シグルイの全15巻を読み終えた時、あなたの中に残るのは「打ち切り」という不完全燃焼感ではなく、一本の鋭利な刀で貫かれたような、清々しいまでの絶望であるはずです。
この作品は、漫画という媒体で表現できる「武士道」の極北であり、今後二度と現れないであろう唯一無二の金字塔なのです。

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