「えっ、これで終わり?」「もしかして打ち切りなの……?」
大人気漫画『デストロ246』を最終巻まで読み終えた時、そんな戸惑いを感じた方は少なくないはずです。女子高生たちが最新兵器を手に、街中で容赦のない殺し合いを繰り広げる衝撃作。高橋慶太郎先生が描く唯一無二のガンアクションと、狂気を孕んだ美少女たちの魅力に憑りつかれたファンにとって、あの幕引きはあまりにも唐突に感じられたかもしれません。
結論から言うと、公式に打ち切りと発表された事実はありません。しかし、なぜこれほどまでに「打ち切り説」が根強く囁かれているのか、そして物語の本当の結末はどうだったのか。
今回は、全7巻で駆け抜けた『デストロ246』の謎と、その魂を継承する続編(前日譚)『デストロ016』との深い繋がりについて、一歩踏み込んで解説していきます。
なぜ『デストロ246』に打ち切り説が浮上したのか
連載終了から時間が経った今でも、検索窓にタイトルを入れると「打ち切り」という不穏なワードが並びます。これには、読者が納得しきれなかったいくつかの理由がありました。
まず最大の要因は、最終巻である第7巻の「急加速感」です。物語の中盤まで、伊万里や翠、藍といったキャラクターたちが織りなす群像劇は、非常にじっくりと、かつ緻密に描かれてきました。ところが、クライマックスに向けて一気に時間が飛び、伏線と思われていた要素がいくつか残されたまま「完結」の文字が出たのです。
特に、物語の裏で糸を引いていた大人たちの思惑や、透野による復讐劇の完全な決着を期待していた読者からすれば、「これからもっと盛り上がるはずだったのに!」という消化不良感が否めなかったのでしょう。
また、作者である高橋慶太郎先生の前作『ヨルムンガンド』ヨルムンガンドが非常に完成度の高い大団円を迎えたことも影響しています。前作と比較して、今作の「あえてカオスなまま終わらせる」というパンクな手法が、一部の層には「続けられなくなったのではないか」という憶測を呼んだようです。
しかし、これは打ち切りというよりも、高橋先生が「女子高生殺し屋たちの日常と衝動」を書き切った結果としての幕引きだったと捉えるのが自然です。
衝撃の最終回、あの結末が意味するもの
『デストロ246』のラストシーンを覚えていますか?あんなに殺し合っていた少女たちが、数年後、カフェに集まって何気ない会話を交わしている光景です。
初めて読んだ時、筆者も「えっ、仲良くなってるの?」と驚きました。しかし、何度も読み返すと、あれこそが彼女たちにとっての最高のハッピーエンドだったのではないかと思えてきます。
彼女たちは、社会の枠組みからはみ出した「壊れた」存在です。本来なら殺し合いの果てに全滅するか、誰かが誰かを支配するしかない地獄の中にいました。しかし、伊万里という絶対的な個性を軸に、彼女たちは「共存」という奇跡的な着地点を見つけ出したのです。
透野氏の復讐についても、明確な終わりが描かれなかったのは、復讐そのものが彼女たちの人生の全てではなくなったことを示唆しているのかもしれません。血生臭い抗争の果てに、ただ静かにコーヒーを飲み、くだらない話をする。その「歪な日常」こそが、デストロ(破壊者)たちが勝ち取った唯一の救いだったのです。
伝説は続く!『デストロ016』と246の密接な関係
『デストロ246』を読んで「まだ物足りない!」と感じた方に、絶対に読んでほしいのが『デストロ016』です。
これは続編ではなく「前日譚(プリクエル)」にあたる物語ですが、これを読むことで『デストロ246』の評価がガラリと変わります。主人公は、本編でも圧倒的な存在感を放っていた沙紀。彼女がまだ「016」というコードネームで呼ばれていた時代の、より過酷で、より孤独な戦いが描かれています。
なぜ『デストロ246』であれほどまでにキャラの背景が謎に包まれていたのか。そのヒントの多くが、この『デストロ016』デストロ016の中に隠されています。
例えば、伊万里と沙紀の関係性や、彼女たちが背負わされた呪いのような過去。これらを知った上で再び246の最終回を読み返すと、あのカフェでの団らんがいかに尊く、そして危ういバランスの上に成り立っているかが痛いほど伝わってきます。
高橋先生は、一つの大きなサーガ(大叙事詩)を分割して描いているのかもしれません。246で提示された「結果」に対し、016でその「原因」を解明していく。このリンク構造を知ることで、打ち切りどころか、非常に壮大なスケールで構築された世界観が見えてくるはずです。
高橋慶太郎ワールドの魅力と、銃器描写のこだわり
この作品を語る上で外せないのが、執拗なまでの銃器・兵器へのこだわりです。
『デストロ246』には、数多くの実在する銃が登場します。ベレッタ、グロック、そして大型のライフルまで。高橋先生の描く銃は、単なる小道具ではありません。それぞれのキャラクターの性格や戦闘スタイルを雄弁に物語る「相棒」として描かれています。
デストロ246を読んでいると、火薬の匂いや、金属がぶつかる冷たい音が聞こえてくるような錯覚に陥ります。この圧倒的なディテールこそが、荒唐無稽な「女子高生殺し屋」という設定に、奇妙なリアリティと説得力を与えているのです。
そして、その暴力描写の裏側にある、キャラクターたちの「脆さ」にも注目してください。彼女たちは銃を持てば無敵ですが、一歩戦場を離れれば、恋に悩み、将来に不安を抱く普通の少女としての顔を覗かせます。そのギャップが、読者の心を掴んで離さない理由でしょう。
読後の喪失感を埋めるために
もし、あなたが『デストロ246』の完結に寂しさを感じているなら、関連作品を深掘りすることをおすすめします。
高橋先生の他作品もチェックしてみてください。特に、傭兵や武器商人の世界を描いたヨルムンガンドは、世界観の地続き感を楽しむことができます。さらに、ファンブックやインタビュー記事を追いかけることで、作者が各キャラクターに込めた裏設定が見えてくることもあります。
SNSやレビューサイトでは、今でもファン同士が「あのシーンの真意は?」「伊万里のその後は?」と熱く議論を交わしています。公式な続きが描かれなくても、読者の想像の中で物語が続いていく。それこそが名作の証と言えるのではないでしょうか。
デストロ246は打ち切り?完結の理由や続編016との繋がりを徹底解説!:まとめ
あらためて振り返ってみると、『デストロ246』は決して中途半端に終わった作品ではありませんでした。
確かに、王道な少年漫画のような「すべての謎が解けて大団円」という形ではありません。しかし、あの混沌とした終わり方こそが、常に死と隣り合わせで生きてきた彼女たちの「リアル」だったのだと感じます。
「打ち切り」という噂に惑わされて、この傑作を食わず嫌いしてしまうのはあまりにもったいないことです。
- 圧倒的な熱量で描かれるガンアクション
- 狂気と可愛さが同居するキャラクターたち
- 前日譚『デストロ016』で補完される深遠なストーリー
これらが複雑に絡み合い、一つの巨大なエンターテインメントを作り上げています。まだ未読の方はもちろん、一度読んで「打ち切りかな?」と疑問を持った方も、ぜひもう一度、第1巻からページをめくってみてください。
そこには、理屈を超えた「破壊」と「再生」の物語が、今も鮮やかに息づいています。
デストロ246彼女たちの戦いは、きっと私たちの心の中でこれからも続いていくのです。

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