2012年に放送されたNHK大河ドラマ『平清盛』。放送から10年以上が経過した今でも、SNSやネット掲示板で熱狂的に語り継がれる稀有な作品です。しかし、当時リアルタイムで視聴していなかった方や、当時のニュースを断片的に覚えている方の間では、ある不名誉な噂がささやかれることがあります。
「平清盛って、視聴率が悪すぎて打ち切りになったんじゃなかったっけ?」
結論から言いましょう。『平清盛』は打ち切りではありません。全50話、当初の予定通りに完結まで走り抜けた作品です。
では、なぜ「打ち切り」という根も葉もない噂がこれほどまでに定着してしまったのでしょうか。そして、なぜ放送当時はあれほど叩かれた作品が、今では「大河ドラマ史上最高傑作の一つ」とまで称賛されるようになったのか。その数奇な運命と、作品の圧倒的な魅力について深掘りしていきます。
放送当時、なぜ「打ち切り」と噂されたのか
大河ドラマ史上、これほどまでに逆風が吹き荒れた作品も珍しいでしょう。打ち切りという言葉が一人歩きしてしまった背景には、当時の報道のあり方と、いくつかの「事件」がありました。
1. 「画面が汚い」という知事の発言とメディアの過熱
放送開始直後、当時の兵庫県知事が記者会見で「画面が薄汚れている」「神戸のイメージダウンになる」という趣旨の発言をしました。これがワイドショーなどで面白おかしく取り上げられ、「平清盛=画面が汚くて見づらいドラマ」という強烈なネガティブキャンペーンが展開されることになります。
この「汚れ」の正体は、スタッフが平安末期の混沌とした空気感を再現するために、あえて埃っぽさを演出し、最新のデジタル技術で色彩を調整した「こだわりのリアリティ」でした。しかし、きらびやかな王朝絵巻を期待していた層からは反発を買い、メディアも「低視聴率の戦犯」としてこの演出を槍玉に挙げたのです。
2. 視聴率ワースト記録の更新とバッシング
ビデオリサーチが発表する視聴率において、『平清盛』は苦戦を強いられました。平均視聴率は12.0%、最低視聴率は7.3%。これは当時の大河ドラマ史上、ワースト記録を塗り替える数字でした。
毎週のように「今週も1桁台」「大爆死」といった扇情的な見出しが躍り、そのあまりの不振ぶりに、ネット上では「このままでは途中で打ち切られるのではないか」「話数が削減されるらしい」という憶測が飛び交いました。これが、今なお残る打ち切り説の最大の根拠となっています。
3. 「王家」呼称問題による炎上
劇中で皇室を「王家」と呼称したことも、一部の視聴者から激しい反発を受けました。NHK側は「当時の歴史学的な考証に基づいた正確な呼称である」と説明しましたが、これが政治的な文脈で議論の的となり、作品そのものを純粋に楽しむ雰囲気が阻害されてしまった側面もあります。
逆風の中でも貫かれた「本物のリアリティ」
当時のバッシングは凄まじいものでしたが、制作陣は決して折れませんでした。今振り返ると、その「妥協のなさ」こそが、後の再評価につながる重要な要素だったことがわかります。
平安末期の「熱」を再現した美術と衣装
「画面が汚い」と批判された美術ですが、実際には徹底した時代考証に基づいています。当時の武士はまだ身分が低く、泥にまみれ、海風にさらされて生きていました。使い込まれた甲冑、煤けた直垂、市場の雑多な喧騒。これらを綺麗に描きすぎては、平氏がのし上がっていくエネルギーが伝わりません。
今、高画質なテレビや4Kモニターで改めて本作を観ると、その映像の重厚さに驚かされます。スモークを焚き、光と影のコントラストを強調した映像美は、まさに映画クオリティです。
脚本・藤本有紀が描いた緻密な大河叙事詩
脚本を担当したのは、後に朝ドラ『カムカムエヴリバディ』なども手掛ける藤本有紀さんです。彼女の脚本は、伏線の回収が非常に緻密で、前半の何気ない一言が、数十話後のクライマックスで重い意味を持つ構成になっています。
物語は、源頼朝の視点から語られる形で進行します。なぜ宿敵である平清盛の背中を、源氏の嫡男が追い続けることになったのか。その魂の交流と対立が、全50話という長い時間をかけて丁寧に、かつドラマチックに描かれました。
狂気すら感じるキャスト陣の圧倒的な怪演
『平清盛』を語る上で欠かせないのが、若手からベテランまでが火花を散らした演技の応酬です。当時のキャストたちの「役への入り込み方」は異常なほどでした。
松山ケンイチが体現した「平清盛」という生き様
主演の松山ケンイチさんは、クランクイン前から広島の厳島神社を訪れ、役作りに没頭しました。序盤の「野良犬」と呼ばれた荒々しい青年期から、権力の頂点に立ち、やがて孤独な怪物へと変貌していく晩年までを見事に演じ分けました。特に、死の間際に「頼朝の首を我が墓前に供えよ」と叫ぶシーンの凄絶さは、大河史に残る名場面です。
脇を固める「化け物」たちの競演
本作は、主役以外のキャラクターがあまりにも濃いことでも有名です。
- 三上博史(鳥羽上皇): 執着と孤独に狂う上皇を見事に演じ、視聴者を戦慄させました。
- 松田翔太(後白河天皇): 「遊びをせんとや生まれけむ」を体現した、得体の知れないトリックスターとしての存在感。
- 中井貴一(平忠盛): 清盛の父として、武士の矜持を息子に伝える重厚な演技。
- 岡田将生(源頼朝): 繊細さと冷徹さを併せ持つ、もう一人の主人公としての説得力。
これだけの名優たちが、泥にまみれ、顔を真っ黒にして叫び、泣き、笑う。その熱量は、今の洗練されたドラマではなかなか味わえないものです。
なぜ今、再評価の嵐が起きているのか
放送終了後、DVDやブルーレイ、そしてNHKオンデマンドなどの配信サービスを通じて作品に触れた人々から、「これ、めちゃくちゃ面白いじゃないか」という声が上がり始めました。
1. 「一気見」に適した構造
リアルタイム放送時は、その情報の多さと人間関係の複雑さから、週に一度の視聴では脱落してしまう人が多かったのも事実です。しかし、オンデマンドなどで一気に視聴すると、物語の整合性や、張り巡らされた伏線の見事さがダイレクトに伝わります。大河ドラマというより、一本の壮大な大河小説を読んでいるような感覚になれるのです。
2. 「SNS文化」との親和性
放送当時はまだTwitter(現X)などのSNSが今ほど爆発的に普及していませんでしたが、それでも「実況」を楽しむ層の間では、本作はカルト的な人気を博していました。現在では、ハッシュタグ「#平清盛」とともに、作品の細かな演出や俳優の表情を分析する熱心なファンが増え続け、コミュニティが形成されています。
3. 「本物」を求める時代背景
CGを多用したクリーンな映像が増える中で、実物大の船を造り、本物の馬を走らせ、数千人のエキストラを動員した『平清盛』の「泥臭い本物感」が、かえって新鮮に映るようになりました。流行に左右されない普遍的な人間ドラマとしての価値が、ようやく時代に追いついたと言えるでしょう。
聖地巡礼で楽しむ『平清盛』の世界
もし本作に興味を持ったら、映像を観るだけでなく、ゆかりの地を訪ねてみるのもおすすめです。物語の熱量が、リアリティを持って迫ってきます。
- 厳島神社(広島): 清盛が造営した、海に浮かぶ奇跡の建築。劇中の美しい色彩が蘇ります。
- 神戸(兵庫): 大輪田泊(現在の神戸港付近)の修築など、清盛が夢見た「海の都」の面影を探すことができます。
- 京都(三十三間堂): 後白河上皇のために清盛が寄進した仏堂。劇中の権力争いの舞台を肌で感じられます。
これらの場所を訪れる際は、一眼レフカメラを持参して、劇中のカットを再現してみるのも楽しいかもしれません。
大河ドラマ「平清盛」は打ち切りだった?低視聴率の真相と現在も語り継がれる傑作の理由
あらためて振り返ってみると、『平清盛』という作品は、数字という「目に見える結果」だけで判断してはいけない、文化遺産のようなドラマだということがわかります。
確かに、当時の視聴率の低さは事実でした。しかし、それは「打ち切り」という失敗を意味するものではありません。むしろ、迎合することなく、自分たちが信じる「平清盛」という男の生き様を、最後まで描ききった制作陣の勝利だったと言えるのではないでしょうか。
もしあなたが、当時の「汚い」「暗い」という評判だけでこの作品を避けているのだとしたら、それは実にもったいないことです。松山ケンイチさんが命を削るようにして演じた清盛の、その最期の瞬間に立ち会ったとき、あなたはきっと「このドラマを打ち切りにしなくて本当に良かった」と心から思うはずです。
配信サイトでも、平清盛 完全版 DVD-BOXでも構いません。ぜひ、その扉を叩いてみてください。平安末期という、狂気と愛に満ちた時代が、あなたを待っています。

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