長年、建設現場や工場で振動工具を使い続けてきた。指先が白くなったり、しびれが取れなかったりして、ようやく認められた労災。それなのに、ある日突然、労働基準監督署から「そろそろ治療を終わりにしましょう」と、いわゆる「労災打ち切り」の宣告を受けることがあります。
「まだ痛みが残っているのに、どうして?」
「これから先の治療費や生活費はどうなるの?」
そんな不安で夜も眠れないという方も少なくありません。振動病(振動障害)は完治が難しく、長い付き合いになる病気だからこそ、打ち切りへの向き合い方がその後の人生を大きく左右します。
今回は、振動病の労災打ち切りに直面したときに知っておくべき「症状固定」の本当の意味や、納得がいかないときの手順について、分かりやすく解き明かしていきます。
労災が打ち切られる正体「症状固定」とは何か
労災保険による治療(療養補償給付)や休業補償が止まる最大の理由は、医学的に「治癒」したとみなされるからです。
ここでいう「治癒」は、風邪が治るような「元通りの健康な状態」を指すわけではありません。労災の世界では、これ以上治療を続けても劇的な改善が見込めない状態、つまり「症状固定」のことを便宜上「治癒」と呼んでいます。
振動病の場合、寒さで指が白くなるレイノー現象や、手に力が入らないといった症状が残っていても、「これ以上リハビリや投薬を続けても、状態は変わらないだろう」と判断されると、労災の治療費支給はストップしてしまいます。
この判断は、主治医が書く診断書や、労働基準監督署の顧問医による審査によって行われます。特に治療開始から数年が経過すると、定期的なチェックが厳しくなり、打ち切りの打診が来ることが多いのです。
打ち切り宣告を受けた時にまず確認すべきこと
「打ち切り」という言葉を聞くと、すべてが終わってしまうような絶望感に襲われるかもしれません。しかし、まずは落ち着いて状況を整理しましょう。
最初に確認すべきは、主治医がどのような見解を持っているかです。もし先生が「まだ治療を続ければ改善の余地がある」と考えているのであれば、打ち切りを阻止できる可能性があります。逆に、先生自身が「もうこれ以上の治療は現状維持にしかならない」と考えている場合は、次のステップである「障害等級」への切り替えを準備しなくてはなりません。
また、労働基準監督署から届く書類の文面もしっかり確認してください。いつ付で打ち切られるのか、その理由は何か。これらの情報は、後に不服申し立てをする際の重要な武器になります。
振動病は、季節によって症状が大きく変動します。夏場は調子が良くても、冬になると激しい痛みやしびれに襲われるのがこの病気の特徴です。「今は調子が良いから」という理由だけで症状固定を受け入れてしまうと、冬の再発時に後悔することになりかねません。
障害補償給付への切り替えが生活を守る鍵になる
治療が打ち切られたからといって、すべてのサポートがなくなるわけではありません。症状固定の後に「障害」が残っている場合、それは「障害補償給付」という形で、年金または一時金が支給される対象になります。
振動病の場合、末梢循環障害、末梢神経障害、運動器障害の3つの程度を総合的に判断して、1級から14級までの等級が決まります。
重い等級(1級〜7級)に認定されれば、亡くなるまで、あるいは症状が軽くなるまで毎年「年金」が受け取れます。一方で8級以下の場合は、一度だけまとまったお金が支払われる「一時金」となります。
この等級認定で何級になるかが、老後の生活設計に直結します。打ち切りに抗うことも大切ですが、それと同時に「残った障害を正当に評価してもらう」ための準備を並行して進めることが、現実的な生活防衛策となります。
納得がいかない!不服申し立ての手順とポイント
「まだリハビリを続ければ指が動くようになるはずだ」
「今の状態で打ち切られるのは納得できない」
そう思うのであれば、法的な対抗手段である「不服申し立て(審査請求)」を行う権利があります。
まずは、決定を知った日の翌日から3ヶ月以内に、都道府県労働局の「労働者災害補償保険審査官」に対して審査請求を行います。ここで大切なのは、感情的な訴えだけでなく、医学的な根拠を示すことです。
例えば、血圧計などの家庭用機器で日々の体調を記録しているようなデータがあれば、それも一つの参考になるかもしれませんが、最も強力なのは「別の専門医によるセカンドオピニオン」です。
現在の治療法とは別の、より効果的な治療法が提案できる医師がいれば、その診断書を添えることで「まだ治療が必要である」という主張に説得力が生まれます。審査請求で結論が覆らなければ、さらに上の組織である「労働保険審査会」への再審査請求、最終的には裁判(行政訴訟)へと進む道も残されています。
振動障害特有の「社会復帰特別援護金」を活用する
振動病には、他の労災事故とは異なる特殊な支援制度が用意されているのをご存知でしょうか。それが「振動障害者社会復帰特別援護金」などの制度です。
この病気は、一度発症すると元の激しい振動を伴う業務に戻ることは推奨されません。いわば、強制的に「職を変えざるを得ない」状況に追い込まれるわけです。そのため、別の仕事に就くための支援や、日常生活をサポートするための手当が、通常の労災給付とは別に設定されています。
これらの制度は、自分から手を挙げないと案内されないことも少なくありません。自治体の窓口や、労災問題に詳しい社会保険労務士、あるいは支援団体に相談し、自分が受けられるすべてのメニューを確認しておくことが、打ち切り後の再出発をスムーズにします。
会社への損害賠償請求という選択肢
労災保険は、あくまで国が定めた最低限の補償です。精神的な苦痛に対する「慰謝料」などは含まれていません。
もし、会社が防振手袋を支給していなかったり、法律で定められた作業時間を大幅に超えて働かせていたり、定期的な特殊健康診断を怠っていたりした場合は、会社に対して「安全配慮義務違反」を理由とした損害賠償を請求できる可能性があります。
振動病は防ぐことができる職業病です。それなのに、会社が利益を優先してあなたの健康を損なわせたのだとしたら、その責任を明確にしてもらうのは正当な権利です。
賠償金の額によっては、労災が打ち切られた後の生活を支える大きな原動力になります。ただし、これには時効がありますし、会社側と法的に争う必要が出てくるため、早めに弁護士などの専門家にアドバイスを求めるのが賢明です。
健康管理とセルフケアを諦めないために
労災の治療費が打ち切られると、病院に行くのをやめてしまう方がいます。しかし、振動病は放置すれば悪化し、日常生活すら困難になる恐れがあります。
労災が打ち切られた後は、通常の健康保険(3割負担など)を使って治療を続けることになります。負担は増えますが、指先の血流を保つためのケアや、保温対策は欠かせません。
防振手袋を日常生活の力仕事でも活用したり、ハンドウォーマーで常に手を温めたりといった、地道なセルフケアが残された機能を維持するために重要です。また、禁煙も血流改善には不可欠な要素です。
国や会社からのサポートを勝ち取る戦いも大切ですが、それと同じくらい、自分の体をこれ以上悪くさせないための努力も、あなた自身の未来を守ることにつながります。
振動病の労災打ち切りへの対策|症状固定の基準と不服申し立ての手順を徹底解説
ここまで、振動病の労災打ち切りにまつわる現実と、その対策についてお伝えしてきました。
「打ち切り」は決してゴールではありません。それは「治療のフェーズ」から「障害と共に生きるフェーズ」への転換点に過ぎないのです。
もし今、あなたが打ち切りを宣告されて途方に暮れているなら、まずは主治医としっかり話し合い、次に障害等級の獲得、そして不服申し立ての検討という順序で動いてみてください。
一人で抱え込む必要はありません。労働組合や被災者の会、専門の法律家など、あなたを支える味方は必ずいます。正しい知識を持って行動すれば、適切な補償を受け、自分らしい生活を取り戻す道は必ず開けます。
あなたの痛みとしびれが、正当な社会的評価と補償につながることを心から願っています。

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