「ジョジョの奇妙な冒険」第6部ストーンオーシャンを読み進めていて、誰もが一度は「えっ、ボスが生きてたの!?」と声を上げそうになる瞬間がありますよね。そう、刑務所の囚人でありながらどこか浮世離れした色気を放つナルシソ・アナスイの登場シーンです。
ピンク色のロングヘア、網目状の奇抜なファッション、そして常人離れした精神性。第5部のラスボスであるディアボロにあまりにも似ているため、ファンの間では長年「二人は同一人物なのでは?」「転生した姿か?」という熱い議論が交わされてきました。
今回は、なぜこの二人がこれほどまでに似ているのか、その謎を解き明かすべく共通点やメタ的な背景を徹底的に深掘りしていきます。ジョジョ好きなら思わず膝を打つ、運命の糸を紐解いていきましょう。
衝撃の初登場!アナスイとディアボロが「似てる」と言われる決定的な理由
まず、初見の読者が混乱してしまうほど二人が似ているポイントを整理してみましょう。荒木飛呂彦先生が描くキャラクターはどれも個性的ですが、この二人に関しては「意図的な記号の重複」を感じざるを得ません。
- ビジュアルの既視感最も分かりやすいのは、その髪型と色彩設計です。アニメ版でも強調されていますが、ピンク系のベースカラーに毒々しい斑点のような模様が入ったロングヘアは、ディアボロの象徴的なデザインでした。さらに、胸元を大きく露出したメッシュ状のインナーや、ハイブランドのコレクションモデルのような立ち居振る舞いも、イタリアの裏社会を支配していたボスを彷彿とさせます。
- 性別すら超越する不気味さアナスイの初登場時を覚えているでしょうか?実は最初は「女性」として描かれていたんですよね。後に何の説明もなく男性として再登場しますが、この「容姿が劇的に変化する」という属性は、気弱な少年ドッピオから屈強なディアボロへと変貌を遂げたボスの二重人格設定を連想させます。
- 「彼の名は~」というサブタイトルの奇妙な一致実は物語の演出面でも、二人はリンクしています。第5部でボスの正体が暴かれるエピソードのタイトルは「彼の名はディアボロ」。そして第6部でアナスイがその能力を本格的に披露する回は「彼の名はアナスイ」なのです。これは単なる偶然というには、あまりにも狙いすぎたオマージュだと言えるでしょう。
ジョジョの奇妙な冒険 第6部を手にとって読み返してみると、このサブタイトルの対比がいかにファンの心を揺さぶる仕掛けか再確認できるはずです。
精神性の共通点:モノを「分解」し「過程を消し去る」冷徹な合理主義
見た目だけでなく、彼らの内面や「スタンド能力」の根源にある哲学にも、驚くべき類似性が隠されています。
- ダイバー・ダウンとキング・クリムゾンの共通項アナスイのスタンド「ダイバー・ダウン」は、あらゆる物体に潜り込み、内部から組み替える、あるいは「分解」する能力です。一方で、ディアボロの「キング・クリムゾン」は、時間の流れに割り込み、不要な「過程」を消し飛ばして「結果」だけを残します。どちらも「目の前の構造(物質や時間)を自分の都合よくバラバラにし、再構築する」という、極めて支配的で他者への配慮を欠いた精神性の現れです。
- 対象を「物」として扱う冷酷さアナスイは過去、浮気をした恋人とその相手を文字通り「分解」して刑務所に送られました。彼は人間を血の通った存在としてではなく、構造を持つ「物体」として見てしまう欠陥を抱えています。これは、実の娘であるトリッシュを「自分の正体を暴くための障害物」として始末しようとしたディアボロの冷酷さと、非常に近い位置にあります。両者とも、自分の目的や好奇心のためなら、他者の尊厳を平気で踏みにじることができる「異常者」として設定されているのです。
運命の分かれ道:なぜアナスイは「味方」になれたのか
これほどまでにディアボロに近い性質を持ちながら、アナスイは空条徐倫たちの心強い仲間として戦い抜きました。ここには「ジョジョ」という作品が描く「運命と救済」という大きなテーマが関わっています。
- 「愛」という名の執着がもたらした変化アナスイとディアボロを決定的に分けたのは、他者への執着の方向性です。ディアボロは自分自身の「絶頂」のみを愛し、孤独を極めることで無敵であろうとしました。対してアナスイは、徐倫という存在に強烈な「愛(あるいは執着)」を抱きました。最初は自己中心的な欲望だったかもしれませんが、物語の終盤、彼は自分の命を賭して仲間を守ろうとします。
- 「分解」の能力を「守る」ために使う最終決戦において、アナスイはダイバー・ダウンの能力を、仲間の代わりにダメージを肩代わりするために使用します。「中に入る」という能力を、他者を傷つけるためではなく、守るための盾として転換させたのです。これは、ディアボロが最後まで他者を盾にして自分だけが生き延びようとした姿勢と、見事な対極をなしています。
ファンの間で囁かれる「ディアボロの転生説」は本当か?
さて、ここからは少し踏み込んだ考察になります。ネット上でよく議論される「アナスイはディアボロの生まれ変わりなのか?」という疑問についてです。
- ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの余波第5部のラストで、ディアボロはジョルノの能力により「死ぬという真実に一生たどり着けない」という無限の死のループに叩き込まれました。この「魂が何度も死を繰り返す」過程で、ディアボロの邪悪なエゴが削ぎ落とされ、その魂の残滓がアナスイとして現世に定着した……という説は非常にドラマチックです。
- 一巡後の世界と魂の浄化第6部のラストで、プッチ神父によって世界は一巡します。そこで描かれた「アナキ(一巡後のアナスイ)」は、父親に結婚の許しをもらいに行く、ごく普通の(少し情熱的な)青年として描かれています。もしアナスイがディアボロの魂の系統を継いでいるのだとしたら、一巡後の世界でようやく彼は「無限の死」という呪縛から解き放たれ、一人の人間として愛を知る平穏な人生を手に入れた……と解釈することもできます。
ジョジョの奇妙な冒険 第5部のラストを思い返すと、ディアボロの受けた罰はあまりにも凄惨でした。だからこそ、読者はアナスイの中に彼の面影を見出し、どこかで「救済」の物語を感じ取ろうとしているのかもしれません。
荒木飛呂彦先生の創作スタイルから見る「キャラ被り」の本質
メタ的な視点、つまり作者である荒木先生の意図から考えると、また別の答えが見えてきます。
- 「同じ魂の形」を描く面白さ荒木先生は、過去に描いたキャラクターのデザインや設定を、新しい視点で再構築することがよくあります。例えば、第4部の吉良吉影と第8部の吉良吉影は、名前こそ同じですが設定は大きく異なります。アナスイとディアボロの場合も、「圧倒的な欠落を抱えた男」という同じ魂のテンプレートを使いながら、「一方は孤独を極めたラスボスになり、一方は愛のために戦う仲間になった」という、運命の分岐を描きたかったのではないでしょうか。
- デザインの洗練と機能美「中性的な魅力」と「得体の知れない恐怖」を両立させるデザインとして、ディアボロの造形は一つの完成形でした。それを味方サイドのキャラクターに落とし込むことで、第6部の舞台である「刑務所」というアウトサイダーたちの集まりに説得力を持たせたのだと考えられます。
まとめ:ジョジョのアナスイとディアボロは同一人物?似てる理由と驚愕の共通点を徹底考察!
結論から言えば、公式設定として「アナスイとディアボロは同一人物である」と明言されているわけではありません。しかし、二人の間にはビジュアル、能力の性質、そしてサブタイトルの演出に至るまで、無視できないほどの共通点が存在します。
彼らがこれほどまでに似ているのは、単なるデザインの流用などではなく、**「同じような業(ごう)を背負った魂が、どのような選択をするか」**という対比を描くための、荒木先生による高度な演出だったと言えるでしょう。
- 孤独を選び、真実にたどり着けなかったディアボロ。
- 執着から愛を学び、一巡後の世界で幸福を掴んだアナスイ。
この二人の対比を知ることで、第6部のラストシーンはより一層深い感動を私たちに与えてくれます。もし、手元にコミックスがあるなら、ぜひ第5部のボスの最期と、第6部のアナスイの活躍を読み比べてみてください。運命という名の、残酷で美しい糸の繋がりが見えてくるはずです。
ジョジョの奇妙な冒険 文庫版全巻セットで、世代を超えてリンクする魂の物語を一気に駆け抜けてみるのも、最高の週末の過ごし方かもしれませんね。
ジョジョの世界は、読めば読むほど新しい発見があります。アナスイの中にディアボロの面影を探す旅は、この壮大な物語の楽しみ方の一つに過ぎません。あなたには、あの二人の繋がりがどのように見えましたか?

コメント