「ついに終わってしまった……」
2021年、ウルトラジャンプで10年にわたる連載に幕を閉じた『ジョジョの奇妙な冒険 第8部 ジョジョリオン』。読み終えた瞬間のあなたの率直な感想は、一体どのようなものでしたか?
ネット上では、完結直後から「最高傑作だ」という絶賛の声と、「ジョジョリオンの最終回はひどい」という落胆の声が真っ二つに分かれました。特に長年のファンほど、物語の畳み方に戸惑いを感じた人が多かったのも事実です。
なぜ、これほどまでに評価が分かれてしまったのか。未回収に見えるあの伏線はどうなったのか。そして、定助が最後に選んだ道にはどんな意味があったのか。
今回は、全110話をリアルタイムで追い続けた熱量そのままに、物議を醸した最終回の真実に迫ります。
読者が「ジョジョリオンの最終回はひどい」と感じてしまった3つの理由
まず、なぜ一部の読者が「ひどい」という強い言葉を使ってしまったのか。その原因を整理してみると、主に3つのポイントに集約されます。
1. 「結局、あいつは誰だったの?」未回収の伏線問題
ジョジョリオンは、シリーズ初の「本格ミステリー」を標榜して始まりました。そのため、読者は提示された謎がすべて論理的に解明されることを期待していたのです。
しかし、物語の核心に触れると思われた以下の要素が、明確な説明なしに幕を閉じました。
- 定助の記憶に現れた「見守る男(フラッシュバックの男)」の正体。
- 序盤であれほど強調されていた「壁の目」と「噛み跡」のルール。
- ジョニィ・ジョースターが持ち込んだ「聖なる遺体」と「等価交換」の物理的な因果関係。
これらが「投げっぱなし」に見えてしまったことが、ミステリーとしての完結を期待した層には「ひどい」と映ってしまったようです。
2. ラスボス戦の決着が「概念的」すぎた
第8部の敵、透龍(とおる)とスタンド「ワンダー・オブ・U」は、文字通り「厄災」という避けられない運命を操る最強クラスの敵でした。これに対し、定助が放った決定打は「この世に存在しないから厄災に触れない弾丸(ゴー・ビヨンド)」。
この決着が、これまでのジョジョらしい「知略を尽くした能力バトル」というよりは、少し「メタ的・概念的」な解決に見えたことも、一部の読者がカタルシスを得られなかった要因かもしれません。
3. ホリーさんの救済という目的の不透明さ
物語の最大の動機であった「ホリー・ジョースターの病気を治す」というミッション。最終回時点でも、彼女の病状が完治した描写はありません。主人公の目的が100%達成されなかったビターな感覚が、モヤモヤとした後味を残したのです。
それでも「最高」と言われる理由:呪いを解く物語の真髄
一方で、「ジョジョリオンこそがジョジョの到達点だ」と評価するファンも大勢います。彼らは、本作を「謎解き」ではなく「ある一人の男のアイデンティティ確立の物語」として捉えています。
「何者でもない自分」を受け入れる強さ
東方定助は、二人の人間が融合して生まれた「この世に本来いないはずの人間」です。
彼は物語の全編を通して、「自分は何者なのか?」「どこへ帰ればいいのか?」を探し続けました。
最終回で、彼は結局「空条仗世文」に戻ることも、「吉良吉影」として生きることも選びませんでした。彼は、自分を家族として迎えてくれた東方家の一員、「東方定助」として生きることを決意します。
ラストシーン、東方家の面々と共にケーキを選ぶ定助の姿。そこには、過去の因縁や血筋という「呪い」を乗り越え、新しい自分を定義した一人の男の誇り高い姿がありました。これこそが、ジョジョリオンという物語が描きたかった「呪いを解く物語」の結末だったのです。
荒木飛呂彦先生の「引き算の美学」
ジョジョの作者、荒木飛呂彦先生は、読者の想像力に委ねる部分をあえて残す手法を好まれます。
「フラッシュバックの男」などの細かな設定よりも、その場の空気感やキャラクターの精神的な成長を優先する。それは、現実の世界もまた、すべての謎が解明されるわけではないという「リアリティ」の裏返しでもあります。
最終回に登場したジョセフ・ジョースターの意味
最終回の直前、突如として始まった過去編「ラヂオ・ガガ事件」。ここで若き日のジョセフ・ジョースター(フミくん)が登場したことには、大きな意味がありました。
これは単なるファンサービスではありません。
第8部の物語を、第1部から続く「ジョースターの血統」という大きな大きな輪の中に繋ぎ直す作業だったのです。
定助という「混ざり合った存在」の中にも、確かにジョースターの黄金の精神が流れている。そしてその血統は、第9部である『The JOJOLands』へと続いていく。最終回は、一つの物語の終わりであると同時に、壮大なサーガの「継承」の瞬間でもあったわけです。
ジョジョシリーズをより深く楽しむなら、過去作の振り返りも欠かせません。もしコミックスを読み直すなら、紙の質感も良いですが、デジタル版でカラーの筆致を確認するのもおすすめです。ジョジョリオンで全巻セットをチェックしてみるのも良いでしょう。
考察:定助が最後に手にしたものは何か
結局、ジョジョリオンの物語とは何だったのでしょうか。
それは、「等価交換」という過酷な世界のルールの中で、それでも失われない「愛」と「意志」の証明だったのではないでしょうか。
新ロカカカの実を巡る争奪戦で、東方家は多くのものを失いました。常敏や花都といった、家族を想うがゆえに過ちを犯した者たちの退場は、非常に痛ましいものでした。しかし、彼らの犠牲の上に、定助という新しい命が東方家に根付いた。
「ひどい」と感じた方の中には、その喪失感の大きさに耐えられなかった方もいるかもしれません。しかし、その痛みこそがジョジョリオンが描こうとした「現実」です。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、ただ明日へと続いていく「生活」の尊さ。
ケーキの種類をどれにするか迷うという、なんてことのない日常。その日常を勝ち取るために、彼らは戦い抜いたのです。
まとめ:ジョジョリオンの最終回はひどいのか?それとも傑作か?
結論として、「ジョジョリオンの最終回はひどい」という意見は、物語に「完璧なロジック」と「完全な救済」を求めた場合に生まれる、ごく自然な反応だと言えます。
しかし、視点を変えて、これを「一人の青年が居場所を見つけるまでの心の旅」として見るならば、これほどまでに美しく、優しさに満ちたラストシーンはありません。
- ミステリーとしての不完全さは、現実の不条理を。
- 未回収の伏線は、世界の広大さと底知れなさを。
- ビターな結末は、守るべきもののために払った代償の重さを。
それぞれが物語の深みとして機能しています。
もし、読み終えた後に「よくわからなかった」という感想を抱いたまま止まっているのなら、ぜひもう一度、第1巻から読み直してみてください。定助が初めて康穂と出会った時の孤独な目と、最終回で家族に囲まれている時の目の違い。そこにこそ、この物語のすべてが詰まっています。
最新作の第9部では、この第8部の舞台であるSBR(スティール・ボール・ラン)の世界線がさらに拡張されています。定助たちの戦いが、次の世代にどのような影響を与えているのかを探すのも、ジョジョを追い続ける醍醐味です。
あなたの本棚に、まだこの物語の続きがあることを願っています。ウルトラジャンプなどで最新の連載を追うのも、新しい発見があるかもしれません。
ジョジョリオンが描いた「血の宿命」と「再生」の物語。それは、私たちが生きていく上での「厄災」との向き合い方を教えてくれているような気がしてなりません。

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