世界中で愛され続けている伝説の漫画『ドラゴンボール』。リアルタイムで読んでいた世代も、アニメやゲームから入った若い世代も、あの圧倒的な熱量に心を震わせたはずですよね。でも、実はあの名作、鳥山明先生一人の力だけで出来上がったわけではないって知っていましたか?
もちろん鳥山先生の天才的な画力とセンスは唯一無二ですが、その才能を極限まで引き出し、時に軌道修正を行い、時に「ボツ!」と一蹴した「編集者」たちの存在がなければ、今の形にはなっていなかったかもしれません。
今回は、物語の裏側で糸を引いていた(?)歴代の担当編集者たちにスポットを当てて、いかにして伝説が作られたのか、その驚きのエピソードを深掘りしていきます!
初代担当・鳥嶋和彦氏が叩き込んだ「読者目線」の基礎
まず語らなければならないのが、初代担当の鳥嶋和彦さんです。ファンの方には、作中の悪役「Dr.マシリト」のモデルとしても有名ですよね。鳥嶋さんは、まだ無名だった鳥山先生の才能を見出し、プロの漫画家として徹底的に鍛え上げた人物です。
当時のエピソードで有名なのが、凄まじい数の「ボツ」です。新人時代の鳥山先生に対し、1年間でなんと500ページ近いボツを出したと言われています。これ、想像を絶する数字ですよね。せっかく描いた原稿を「面白くない」「やり直し」と言われ続ける日々。でも、この厳しい指導があったからこそ、鳥山先生は「どうすれば読者に一瞬で伝わるか」「無駄のないコマ割りとは何か」を極めることができたんです。
実は『ドラゴンボール』という作品自体、鳥嶋さんのアドバイスから始まっています。前作の『Dr.スランプ』が終わる際、鳥山先生が趣味で描いていたカンフー映画風の読み切りをベースに、「次は冒険ものをやろう」と提案したのがきっかけでした。
連載開始当初、実はアンケート順位が低迷していた時期がありました。その時、鳥嶋さんは「主人公の目的がふわっとしている。もっと分かりやすく強さを追求させよう」と助言。そこから「修行」と「天下一武道会」という格闘路線が確立され、一気に国民的人気へと駆け上がっていったのです。まさに、作品の「骨格」を作った恩人と言えるでしょう。
2代目担当・近藤裕氏がもたらした「絶望感」と「進化」
物語がサイヤ人編に突入し、宇宙規模の戦いへとスケールアップした時期を担当したのが、2代目の近藤裕さんです。少女漫画誌の経験もあった近藤さんは、それまでのコミカルな雰囲気を一変させ、手に汗握るシリアスな展開と、敵の「圧倒的な絶望感」を演出することに長けていました。
この時期の『ドラゴンボール』は、スカウターによる戦闘力の数値化や、フリーザのような冷酷無比な悪役の登場など、読者が「これ、どうやって勝つの?」と絶望するような演出が光っています。この「強さのインフレ」を巧みにコントロールし、読者の興奮を最大化させたのが近藤さんの手腕でした。
特に有名なのが、セル編での裏話です。当初、敵として登場した人造人間19号と20号(ドクター・ゲロ)に対し、元担当の鳥嶋さんから「ジジイとデブじゃないか」と電話で突っ込みが入ったのは有名な話。その後、急遽出された17号と18号に対しても、近藤さんは「今度はガキですか」と、さらなる進化を要求しました。
そうして生まれたのが「セル」というキャラクターです。しかし、セルの第一形態には「不気味すぎる」、第二形態には「馬鹿っぽい」と厳しいリテイクが続き、最終的にあの洗練された「完全体セル」が誕生しました。編集者の妥協なきこだわりが、歴史に残る名キャラクターを生み出した瞬間ですね。
ドラゴンボール フルカラー 人造人間・セル編3代目担当・武田冬門氏と歩んだ「自由」な最終決戦
物語のクライマックス、魔人ブウ編を担当したのが3代目の武田冬門さんです。この頃になると、鳥山先生はすでに漫画界の神様のような存在。武田さんは前任者たちのような厳しい介入よりも、鳥山先生が「今、描きたいもの」を自由に描ける環境を整えることに注力しました。
魔人ブウ編を読み返すと、それまでのシリアス路線に加え、どこか初期の『ドラゴンボール』のようなお遊び要素やコミカルな描写が増えていることに気づきませんか?フュージョンという合体技や、お菓子にして食べてしまう魔人ブウの能力など、鳥山先生らしい遊び心が満載です。
また、長年の連載で心身ともに限界に近かった鳥山先生の意思を尊重し、物語を最高の形で完結させるための調整役も務めました。引き延ばしが当たり前だった当時の人気作品において、綺麗に幕を引けたのは武田さんのサポートがあったからこそと言えるでしょう。
なぜ『ドラゴンボール』の編集者はこれほど介入したのか
今では考えられないほど、当時の編集者は作品の内容に深く踏み込んでいました。なぜそこまでしたのか。それは、鳥山先生という「天才」をコントロールできる唯一の「最初の読者」だったからです。
鳥山先生はもともと、先の展開を細かく決めずに描く「ライブ感」を大切にする作家さんです。放っておくと、物語が予想外の方向へ飛んでいってしまう。そこを編集者が「読者は今、これを求めています」「このキャラはもっとカッコよくできます」と論理的にブレーキやアクセルをかけることで、奇跡的なバランスが保たれていたのです。
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いかがでしたか?『ドラゴンボール』という巨大な太陽の影には、その光をより輝かせるために奔走した編集者たちの熱いドラマがありました。
- 基礎を叩き込み、ヒットの法則を見出した鳥嶋氏。
- シリアスな熱狂と、魅力的な強敵を追求した近藤氏。
- 作家の感性を守り、物語を完結へと導いた武田氏。
三者三様のスタイルが、それぞれの時代の『ドラゴンボール』に独特のカラーを与えていたんですね。次にコミックスを読み返すときは、ぜひ「このシーンの裏には、どんなやり取りがあったんだろう?」と思いを馳せてみてください。きっと、また新しい発見があるはずですよ!
今回ご紹介したエピソードの多くは、関連書籍やインタビューでも語られています。もっと詳しく知りたい方は、ぜひ公式の資料などもチェックしてみてくださいね。
ドラゴンボール 大全集それでは、また次回の記事でお会いしましょう!


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