ドラゴンボール鳥山明はどこまで描いた?超やダイマの関与度と原作との違いを解説

ドラゴンボール
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「ドラゴンボールの作者、鳥山明先生は実際どこまで描いていたの?」

ファンなら一度は抱くこの疑問。1984年の連載開始から、2024年に放送を開始した最新作『ドラゴンボールDAIMA(ダイマ)』にいたるまで、その関与の仕方は時代とともに大きく変化してきました。

「超(スーパー)は別人が描いているの?」「映画のストーリーは鳥山先生なの?」といったモヤモヤを解消するために、原作漫画からアニメ、最新作まで、鳥山明先生が「どこまで」直接ペンを握り、どこから「原案」として携わっていたのか、その真実に迫ります。


原作『ドラゴンボール』は100%鳥山明の世界

まず基本に立ち返りましょう。1984年から1995年まで週刊少年ジャンプで連載された全519話の漫画『ドラゴンボール』。ここに関しては、間違いなく鳥山明先生が「すべて」を描いていました。

当時の連載スタイルは、先生がネーム(構成案)を切り、ペン入れをし、仕上げを行うという純粋な作家活動そのもの。もちろん背景やベタ塗りにはアシスタント(松山孝司氏など)の手が入っていますが、キャラクターの表情、動きのキレ、独特の構図はすべて鳥山先生の直筆です。

この時期のドラゴンボール コミックを読み返すと、計算し尽くされたコマ割りや、無駄のない筋肉の描写に圧倒されます。私たちが知る「ドラゴンボールの真髄」は、この11年間の連載に凝縮されていると言っても過言ではありません。


アニメ『Z』や『GT』における関与の境界線

原作連載中、そして終了直後に放送されていたアニメシリーズでの関与はどうだったのでしょうか。

アニメ『ドラゴンボールZ』

アニメの制作は東映アニメーションが行っていたため、鳥山先生が動画の一枚一枚を描くことはありません。先生の役割は「キャラクターデザイン」と「一部の監修」でした。

ただし、アニメオリジナルの敵キャラクター(クウラやブロリーなど)については、アニメスタッフの原案に対して鳥山先生がデザインをクリンナップ(描き直し)して決定稿にするという関わり方をしていました。

アニメ『ドラゴンボールGT』

原作終了後に制作された『GT』において、鳥山先生は「横から応援する立場」でした。

タイトル命名、主要キャラクター(悟空、パン、トランクス)のデザイン、そして宇宙船などのメカデザインは担当しましたが、脚本やストーリー構成には直接タッチしていません。先生自身、当時のコメントで「自分はもう描かないけど、アニメスタッフが頑張ってくれるなら」といったスタンスを示していました。


『ドラゴンボール超』で変わった「原案」という関わり方

2015年から始まった『ドラゴンボール超(スーパー)』。ここから「どこまで描いているのか」という疑問が複雑になります。

漫画版『ドラゴンボール超』の執筆者

現在、Vジャンプで連載されている漫画版の作画を担当しているのはとよたろう先生です。鳥山先生ではありません。

しかし、適当に任せていたわけではありません。制作フローは非常に密接でした。

  1. 鳥山先生がストーリーの「プロット(文章による原案)」を書く。
  2. とよたろう先生がそれをもとにネーム(絵コンテ)を構成する。
  3. 鳥山先生がネームをチェックし、セリフや構図に赤字を入れる。

つまり、ペン入れはしていませんが、物語の舵取りとキャラクターの「魂」のチェックは鳥山先生がしっかり行っていたのです。

アニメ版『ドラゴンボール超』

テレビアニメ版も同様に、鳥山先生が書いた大まかなプロットをベースに、アニメ脚本家が肉付けをする形式でした。

「身勝手の極意」などの重要な設定や新キャラクターのデザインは鳥山先生によるものですが、細かな日常回のエピソードなどはアニメスタッフの裁量が大きかった時期でもあります。


近年の劇場版は「脚本家・鳥山明」の全盛期

2013年の『神と神』以降、劇場版での鳥山先生の関与は驚くほど深くなりました。

  • 『復活の「F」』:鳥山先生が初めて単独で脚本を執筆。
  • 『ブロリー』:脚本・キャラクターデザインを担当。
  • 『スーパーヒーロー』:脚本・キャラクターデザインを担当。

特にドラゴンボール超 スーパーヒーローでは、ピッコロと悟飯にスポットを当てるという、先生らしい「外し」の効いたストーリーが展開されました。この時期の映画は、漫画こそ描いていないものの、セリフの一つ一つまで「鳥山明の言葉」で構成されていたのです。


遺作『ドラゴンボールDAIMA』に見る最後の情熱

2024年放送の『ドラゴンボールDAIMA(ダイマ)』。鳥山先生が最後に関わったこの作品は、実はここ数年で**「最も深く関与した」**作品だと言われています。

エグゼクティブ・プロデューサーの証言によると、当初は少しのアドバイス程度の予定が、先生の創作意欲に火がつき、結果として以下のすべてを担当することになりました。

  • 全話のストーリー構成
  • 世界観の詳細な設定(魔界の構造など)
  • 主要・脇役キャラクターのデザイン
  • 数多くのメカニックデザイン

「悟空たちが小さくなる」というアイデアも先生本人のもの。かつてないほど多くのデザイン画を描き起こし、スタッフを驚かせたと伝えられています。まさに、鳥山明先生が最後に到達した「集大成」といえる作品です。


鳥山明先生ととよたろう先生の「絵」の違いを見分けるコツ

「どこまでが鳥山先生の監修か?」を知るために、二人の画風の違いを意識してみると面白いですよ。

  • 鳥山先生のタッチ(監修ポイント)
    • 筋肉が過剰すぎず、自然な肉体美。
    • 耳の形が丸っこく、特徴的。
    • 画面の「余白」を大切にし、一目で何が起きているか分かる見やすさ。
  • とよたろう先生のタッチ
    • 非常に高い技術で鳥山タッチを再現している。
    • アクションシーンのエフェクトが現代的で豪華。
    • 全盛期の鳥山先生へのリスペクトから、力強い線が特徴。

漫画版『超』を読んでいると、時折「ここは鳥山先生が修正したんだろうな」と感じる、非常にシンプルかつ説得力のあるコマを見つけることができます。


ドラゴンボール鳥山明はどこまで描いた?超やダイマの関与度と原作との違いを解説:まとめ

「鳥山明先生はどこまで描いたのか?」という問いへの答えを整理します。

  • 原作漫画(1995年まで):100%執筆。
  • 『ドラゴンボール超』:ストーリー原案とネームの監修。作画はとよたろう先生。
  • 近年の映画:脚本とキャラクターデザインを主導。
  • 『ドラゴンボールDAIMA』:ストーリー、世界観、膨大な数のデザイン画を担当。

時代とともに「絵を描く人」から「世界を作る人」へとシフトしていきましたが、その関与の熱量は最後まで衰えることがありませんでした。

ドラゴンボール超 画集などを手に取ると、先生が晩年に至るまでどれほど多くの設定を描き残していたかが分かります。私たちが今楽しんでいる新しいドラゴンボールも、その根底には間違いなく鳥山先生が描いた「道筋」が存在しているのです。

この偉大な作家が遺した広大な世界を、これからも大切に追いかけていきましょう。

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