「読んだはずなのに、脳が情報の処理を拒否している……」
そんな不思議な感覚に陥る漫画に出会ったことはありますか?圧倒的な描き込み、説明を削ぎ落とした静寂、そして骨と肉が軋むような破壊の美学。今回ご紹介するABARA(アバラ)は、まさにそんな体験を読者に強いる、鬼才・弐瓶勉氏の真骨頂とも言える作品です。
『シドニアの騎士』や『BLAME!』で知られる著者が、そのキャリアの中で最も「尖っていた」時期に描いたこの物語。なぜ今、多くのクリエイターや漫画好きが本作を「伝説」として語り継ぐのか。その知られざるストーリーと、今こそ読むべき理由を徹底的に掘り下げていきます。
漫画「アバラ」という異形の世界観
本作を語る上で避けて通れないのが、その独特すぎる世界観です。舞台は、巨大な垂直構造物が空を突き刺すように建ち並ぶ、遠未来とも別次元ともつかない都市。そこに住まう人々は、正体不明の怪物「白奇居子(シロガウナ)」の脅威にさらされています。
この「白奇居子」は、突如として人間の背骨(アバラ)を変異させ、周囲を捕食しながら巨大な異形へと成長する絶望の象徴です。人類に抵抗する術はほぼありません。しかし、この絶望に対抗する唯一の「禁忌」が存在しました。それが、人為的に作り出された変身人間「黒奇居子(クロガウナ)」です。
主人公の駆動電次は、かつてこの黒奇居子の適合者として戦い、その力を封印して隠棲していた男。しかし、街を襲う未曾有の危機を前に、彼は再び自らの骨を武器に変え、血塗られた戦場へと引き戻されます。
知られざるストーリー:言葉を介さない「映像的」な物語
「アバラ」を読み始めて最初に驚くのは、台詞の少なさでしょう。ページをめくっても、めくっても、そこにあるのは緻密な背景とキャラクターの動き、そして破壊の衝撃波だけ。読者は、文字ではなく「絵」から物語を読み解くことを求められます。
物語の核心は、単なるヒーロー物ではありません。黒奇居子としての力を振るう電次は、果たして人類の味方なのか。彼を管理する謎の組織「刑兵部省」の真の目的は何なのか。そして、街に鎮座する巨大な「廟(びょう)」は何のために存在するのか。
これらの謎は、親切丁寧に説明されることはありません。しかし、電次が放つ一撃、飛び散る破片、そしてキャラクターが見せる一瞬の表情のなかに、断片的な真実が隠されています。読後、パズルのピースを自分なりに組み立てる楽しさ。それこそが、本作がカルト的な人気を誇る理由の一つです。
圧倒的なビジュアル美:骨とメカニックの融合
弐瓶勉氏の代名詞といえば、建築学的なセンスを感じさせる巨大構造物の描写ですが、本作ではそこに「生物的なグロテスクさ」が加わっています。
- 胞衣(エナ)による変身:奇居子の体を構成する「胞衣」が、肉体を侵食しながら装甲へと変わっていく描写は、生々しさと無機質な美しさが同居しています。
- 背骨(アバラ)を起点とした造形:タイトルの通り、キャラクターたちが「自分の骨」を武器として引き出し、変態させていく様は圧巻です。
- スピード感あふれるアクション:一瞬で数キロメートルを移動するような超高速の戦闘。コマとコマの間にある「音」や「衝撃」が、読者の脳内に直接響いてくるような迫力があります。
この唯一無二のビジュアルは、後述するように現代のヒット作を生み出している漫画家たちにも、多大な影響を与えています。
なぜ今、読むべきなのか?クリエイターたちへの影響
近年、本作が再び注目を集めている大きな理由の一つに、人気作品の「ルーツ」としての側面があります。
例えば、爆発的なヒットを記録した『チェンソーマン』の著者・藤本タツキ氏は、弐瓶勉作品への敬愛を公言しています。本作の主人公「駆動電次(くどう でんじ)」という名前が、『チェンソーマン』の主人公「デンジ」を彷彿とさせるのは偶然ではないでしょう。
身体を武器に変えて戦う孤独なダークヒーローという構図、説明を最小限に抑えた映画的なネーム構成、そしてどこか退廃的でドライな空気感。現代の漫画界を牽引するトップランナーたちが、十数年前に描かれたABARAから何を受け取ったのか。その源流を辿る体験は、漫画ファンにとってこの上ない贅沢です。
短編だからこそ凝縮された「純粋な恐怖と希望」
本作は上下巻、あるいは現在発売されているABARA 新装版1冊で完結する非常に短い物語です。長編連載のように、物語が薄まったり、パワーバランスが崩れたりすることはありません。
最初から最後まで、著者の初期衝動が一本の針のように鋭く突き刺さっています。
ラストシーンで見せられる光景は、一見すると破滅的です。しかし、そこには弐瓶氏が後の『シドニアの騎士』などで描くことになる「種としての存続」や「宇宙への飛翔」といったテーマの種火が、かすかに、しかし力強く灯っています。
世界が崩壊し、言葉が失われた後に何が残るのか。その答えを、読者は電次の戦いを通じて目撃することになります。
難解さを超えた先にある「体験」としての漫画
「内容が難しくて理解できなかった」というレビューをよく見かけますが、それはある意味で本作の「正解」でもあります。
ABARAは、頭で理解するものではなく、網膜に焼き付け、心拍数を上げて読み進める「体験型」の漫画だからです。ストーリーの細部がわからなくても、ページをめくる手が止まらない。その没入感こそが、この作品の真骨頂です。
- 重厚なSF設定が好き
- 緻密な描き込みをじっくり眺めたい
- 現代の人気漫画のルーツを知りたい
- 短時間で濃密な読書体験をしたい
もしあなたがこれらに一つでも当てはまるなら、本作を手に取らない手はありません。
漫画「アバラ」の魅力とは?知られざるストーリーと読むべき理由を紹介のまとめ
漫画という表現の限界に挑んだようなABARAの世界、いかがでしたでしょうか。
物語の整合性や親切な解説を求める今のトレンドとは、真逆を行く作品かもしれません。しかし、だからこそ本作には、流行に左右されない「本物の熱量」が宿っています。
駆動電次が背負ったアバラの重み、そして彼が駆け抜けた白銀の世界。一度その門を叩けば、あなたもきっと、弐瓶勉という稀代のアーティストが描く迷宮から抜け出せなくなるはずです。
もし、まだこの衝撃を体験していないのであれば、ぜひABARA 新装版を手にとって、その圧倒的な破壊と再生の物語に身を投じてみてください。あなたの漫画観を根底から揺さぶる体験が、そこには待っています。

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