「最近、何か本当に面白い漫画ない?」と聞かれたとき、私が真っ先に名前を挙げるのが、都留泰作先生のナチュンです。
2000年代後半に「月刊アフタヌーン」で連載されていたこの作品は、全6巻というコンパクトな巻数でありながら、読後の満足感は100巻超えの大作に匹敵するほどの密度を誇ります。沖縄の離島を舞台にした、一見すると「のどかな島暮らし」から始まる物語。しかしその正体は、数学、AI、宗教、そして人類の進化をめぐる壮大なハードSFなのです。
今回は、この伝説的傑作漫画「ナチュン」の見どころとは?読む前に知っておきたい魅力を、一切の妥協なしに徹底解剖していきます。
文化人類学者が描く「生々しい沖縄」と「最先端SF」の融合
まず、この作品を語る上で外せないのが、著者である都留泰作先生の特異な経歴です。都留先生は、現役の文化人類学者(理学博士)としての顔を持つ漫画家。その知見が、物語の土台に圧倒的なリアリティを与えています。
物語の舞台は、2035年の沖縄。しかし、そこにあるのはパンフレットに載っているような「青い海と笑顔の島」だけではありません。強い日差し、むせ返るような緑、潮の匂い、そして島特有の閉塞感や土着の信仰。これらが、都留先生独特の肉感的で少し不気味な筆致で描かれます。
物語の主人公・石井光成(テルナリ)は、落ちこぼれの大学院生。彼は、かつて脳の半分を失った天才数学者フランシス・デュラムが遺した謎の映像「デュラム・ビデオ」に、完全な人工知能のアルゴリズムが隠されていると確信します。
「世界一の天才になりたい」という極めて利己的で俗っぽい野望を胸に、彼は映像の舞台となったマケイ島へと向かいます。この「俗物的な主人公」が、次第に人知を超えた事態に巻き込まれていく過程こそが、本作の大きな魅力の一つです。
衝撃の急展開!日常から「アンダーワールド」の深淵へ
ナチュンの凄みは、物語のジャンルが巻を追うごとに変貌していくところにあります。
第1巻を読んでいるときは、「沖縄の島で、変な女の子(ドル子)と交流しながら人工知能の謎を追う、ちょっと不思議な青年漫画」という印象を受けるかもしれません。しかし、中盤に差し掛かると物語は牙を剥きます。
特に、読者の間で語り草となっているのが「アンダーワールド編」です。
ある事情から、深海の閉鎖空間での強制労働を強いられることになる主人公。そこには、私たちが知っている日常とはかけ離れた、地獄のような光景が広がっています。死と隣り合わせの極限状態、人間の尊厳が剥ぎ取られる描写、そしてその闇の中でしか見えない「光」。
このパートを読んだ後では、1巻ののんびりした空気がすべて「嵐の前の静けさ」だったことに気づかされます。この圧倒的なスケールの飛躍こそが、多くのファンを虜にしているポイントです。
「神」と「数式」を繋ぐ圧倒的な知的好奇心
SF漫画としてのナチュンの真骨頂は、難解なテーマを「映像」と「感覚」で読者に叩き込んでくる点にあります。
「人工知能に意識は宿るのか?」「神とは計算可能な存在なのか?」といった哲学的な問いに対し、本作は「デュラム・ビデオ」というガジェットを通じて、一つの恐るべき回答を提示します。
作中に登場するキーワードは刺激的です。
- ゼータ関数と素数の並び
- イルカの群れの動きに隠された計算式
- 人間の脳機能を拡張する「人工鰓肺」
これらは単なる小道具ではありません。文化人類学者としての知見に基づいた「文化と生物学」の融合が、フィクションとは思えない説得力を生んでいます。特に、言葉を持たない少女・ドル子の存在が、人類の進化の「次のステップ」を象徴する瞬間の描写は、震えるほどの美しさがあります。
主人公・テルナリの「天才への執念」と人間臭さ
SFとしての設定がどれほど優れていても、キャラクターに魅力がなければ物語は響きません。その点、ナチュンの主人公、石井光成は最高に「人間臭い」男です。
彼は正義感に燃えるヒーローではありません。むしろ、コンプレックスの塊で、嘘を吐き、保身に走り、自分の才能を証明するためなら手段を選ばない男です。しかし、そんな彼が「本当の天才」たちが作り上げた神の領域に足を踏み入れ、打ちのめされ、それでもなお食らいつこうとする姿は、読者の心を激しく揺さぶります。
彼を支える(あるいは翻弄する)キャラクターたちも強烈です。
- 言葉を喋らず、野生の生命力を体現するドル子
- 粗暴だが圧倒的な「海」の論理で生きる漁師のゲン
- 姿を見せないまま、世界を支配する数式を残したデュラム教授
彼らが沖縄の熱気の中でぶつかり合い、やがて世界の存亡を懸けた巨大な渦へと飲み込まれていく展開は、一瞬たりとも目が離せません。
漫画「ナチュン」の見どころとは?読む前に知っておきたい魅力のまとめ
最後に改めて、漫画「ナチュン」の見どころとは?読む前に知っておきたい魅力を整理しましょう。
この作品は、単なる「SF漫画」という言葉では括れません。それは、沖縄の泥臭いリアリズムから始まり、人間のエゴを通り抜け、最後には宇宙の理(ことわり)にまで到達する、壮大な「知の冒険譚」なのです。
全6巻というボリュームは、週末に一気読みするのに最適です。しかし、そこに込められた情報の密度は凄まじく、読み終わった後、あなたの世界の見え方は少し変わっているかもしれません。
「本当にすごい漫画を読んだ」という実感を求めているなら、ぜひナチュンの扉を叩いてみてください。沖縄の強い日差しと、深海の冷たさ、そして数式が描く神の姿が、あなたを待っています。
もしこれから読み始めるなら、まずは第1巻のゆったりした空気感に身を任せてみてください。そして、物語が「変貌」を開始したとき、その圧倒的な加速に振り落とされないよう、しっかりとページをめくっていってほしいと思います。

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