「格闘漫画」と聞くと、皆さんはどんな展開を想像しますか?血の滲むような特訓、清々しいライバルとの握手、そして最強を目指す熱い志。……しかし、今回ご紹介する漫画レッドブルーは、そんな王道のキラキラした概念を正面からぶち壊してくれます。
本作の主人公が格闘技を始める理由は、夢でも希望でもありません。「ムカつく勝ち組の正論を黙らせたい」という、極めて純粋でドロドロとした「逆恨み」です。この負のエネルギーが、結果として誰も見たことがない新しい「友情」の形を描き出していく。その異色すぎる魅力を、格闘技の本質的な面白さと共に徹底解説していきます。
才能と善意という名の「暴力」に抗う物語
物語の幕開けは、あまりにも残酷です。主人公・鈴木青葉は、クラスの片隅で静かに過ごす、いわゆる「陰キャ」な高校生。対する赤沢拳心は、ルックス良し、性格良し、おまけに総合格闘技(MMA)のスター候補という、人生の主人公を地で行く存在です。
普通なら関わるはずのない二人ですが、ある事件をきっかけに拳心が青葉に「善意のアドバイス」を贈ります。「自分を変えろ」「夢を持て」。この、世間一般では正論とされる言葉が、青葉にとっては最大級の屈辱でした。
「持っている側」が無自覚に放つ光が、暗闇に住む者を焼き尽くす。青葉はこの屈辱を晴らすため、拳心が君臨するMMAの世界へと足を踏み入れます。格闘技を愛しているからではなく、愛してやまない格闘技で拳心を絶望させるために。この捻じれきった動機こそが、漫画レッドブルーのエンジンとなっているのです。
「ブルー」な主人公が選んだ地味で陰湿な戦術
本作のタイトルの通り、赤(レッド)の拳心に対して、青(ブルー)の青葉。このコントラストは性格や境遇だけでなく、戦い方にも色濃く反映されています。
派手な打撃で観客を沸かせる拳心に対し、青葉が武器に選んだのは「寝技(グラップリング)」です。地味で、泥臭く、相手の自由をじわじわと奪い去る技術。これはまさに、執念深く相手を観察し、理詰めで追い詰める青葉の性格そのものと言えます。
漫画レッドブルーの描写が秀逸なのは、この「寝技」の駆け引きを、パズルのような知的興奮を伴って描いている点です。なぜその足の角度が重要なのか、なぜ今動けないのか。読者は青葉の冷徹な思考をトレースしながら、格闘技の深淵に触れることになります。華やかなKO劇の裏側にある、息もできないような制圧の恐怖。それこそが、ブルーの真骨頂なのです。
敵をどん底へ引きずり下ろすという究極の関わり
さて、本作の最大のテーマである「異色の友情譚」について触れましょう。一般的な友情は、互いを高め合い、光に向かって進むものです。しかし、青葉が拳心に求めているのは「共感」ではありません。
「自分と同じ暗い場所まで、あいつを引きずり下ろす」
これが青葉の目的です。一見するとただの悪意ですが、物語が進むにつれ、この「執着」が奇妙な熱を帯び始めます。誰よりも相手を観察し、誰よりも相手の強さを認め、誰よりも相手の弱点を探り続ける。このプロセスは、ある意味で愛よりも深い理解を必要とします。
拳心もまた、青葉の異常な殺気と執念に触れることで、これまでの「綺麗な格闘技」から脱皮し始めます。互いが互いの存在によって、自分でも知らなかった本性を剥き出しにされていく。握手ではなく、頸動脈を締め上げる腕越しに通じ合う何か。これを友情と呼ばずして何と呼ぶべきか。読者はその歪な関係性に、不思議な心地よさを感じるはずです。
リアルな技術監修が支える「説得力」
本作をただのキャラクター漫画に終わらせないのが、圧倒的なリアリティです。監修にはUFCで活躍した岡見勇信氏が名を連ねており、描かれる技術はすべて本物。
初心者の青葉が、いきなり天才を圧倒するようなファンタジーはありません。メモ魔である青葉が、徹底的な分析と、周囲が引くほどの反復練習を経て、ようやく手に入れる「一筋の勝機」。その過程が丁寧に描かれるからこそ、読者は青葉の「逆恨み」が「実力」に変わる瞬間にカタルシスを覚えるのです。
漫画レッドブルーを読んでいると、総合格闘技というスポーツがいかに過酷で、いかに論理的な競技であるかが痛いほど伝わってきます。痛み、焦り、酸欠の苦しみ。それらすべてを乗り越えて相手を「詰ませる」快感は、他の漫画では味わえない体験です。
周囲を巻き込む「負のエネルギー」の伝染
青葉の変人ぶりは、周囲の人間をも変えていきます。最初は彼をバカにしていたジムの仲間やライバルたちが、青葉の「勝つためなら何でもする」という姿勢に毒され、あるいは触発されて、それぞれの殻を破っていく群像劇としても一級品です。
特に、青葉のセコンドや練習パートナーとなるキャラクターたちとの距離感が見事です。ベタベタした仲良しごっこではなく、「こいつと一緒にいれば面白いものが見られる」「こいつには負けたくない」というプロフェッショナルに近い信頼関係。
漫画レッドブルーに登場する人物たちは、誰もが自分勝手で、エゴイスティックです。しかし、そのエゴがリングという檻の中でぶつかり合うとき、火花となって周囲を照らす。その光景は、どんな道徳の教科書よりも美しく、残酷に映ります。
今、私たちが『レッドブルー』を必要とする理由
なぜ今、これほどまでにこの作品が支持されているのでしょうか。それは、現代社会を生きる私たちが、どこかで「ポジティブの押し売り」に疲れているからかもしれません。
「前向きになれば道は開ける」「努力すれば報われる」。そんな言葉に救われない夜、青葉の「ふざけるな、あいつの面を拝んでやる」という剥き出しの怨念は、むしろ救いとして機能します。マイナスの感情を否定せず、それを原動力にして突き進む姿は、新しい時代のヒーロー像とも言えるでしょう。
漫画レッドブルーは、負け組が勝ち組になる物語ではありません。負け組が、負け組の牙を持ったまま、勝ち組のルール(格闘技)をジャックする物語なのです。
レッドブルーの漫画が示す異色の友情譚を作品の魅力と共に解説:まとめ
ここまで、漫画レッドブルーがいかに異色で、いかに熱い作品であるかを語ってきました。
本作は、単なるスポーツの記録ではありません。自分を否定した世界を見返したいという切実な願いと、その過程で生まれる「呪いのような友情」の記録です。青葉と拳心、二人の色が混ざり合ったとき、そこにどんな景色が広がるのか。
もしあなたが、日々の生活の中で「自分だけが取り残されている」と感じたり、誰かの輝きが眩しすぎて目を逸らしたくなったりしているなら、ぜひこの漫画を手に取ってみてください。そこには、あなたの「ドロドロした感情」を肯定し、最高に熱いエネルギーへと変換してくれる物語が待っています。
漫画レッドブルーが示す異色の友情譚を作品の魅力と共に解説してきましたが、最後にもう一度言わせてください。この物語は、綺麗事では終わらない。だからこそ、信じられるのです。

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