「えっ、BEASTARSって打ち切りだったの?」
そんな声をSNSやネットの掲示板で見かけることがあります。累計発行部数1,000万部を超え、アニメも世界的にヒットした『BEASTARS(ビースターズ)』。動物たちの葛藤を鮮烈に描いたあの大作が、なぜ「打ち切り」という不名誉な噂を立てられてしまったのでしょうか。
ファンとしては「最後まで描き切ったはず!」と思いつつも、物語の終盤を読み返すと「確かにちょっと急ぎ足だったかも……」と、違和感を覚える部分があるのも事実ですよね。
今回は、BEASTARSがなぜ打ち切りと言われてしまうのか、その理由や背景、そして板垣巴留先生が物語に込めた真意について、徹底的に深掘りしていきます。この記事を読めば、最終回に対するモヤモヤがスッキリ解消されるはずですよ。
BEASTARSは打ち切りではない!公式が示す事実
まず最初に、最も大切な事実をはっきりさせておきましょう。
『BEASTARS』は、決して打ち切りではありません。
2020年10月発売の「週刊少年チャンピオン」45号にて、全196話をもって堂々の完結を迎えました。連載期間は約4年。単行本は全22巻という、少年漫画としても十分に立派なボリュームです。
一般的に漫画が打ち切りになる理由は、人気(アンケート順位)の低迷や単行本の売り上げ不振がほとんどです。しかし、本作はアニメ化も大成功を収め、国内外の漫画賞を総なめにしていました。商業的な面から見ても、編集部が無理やり終わらせるメリットは1ミリもありません。
では、なぜこれほどまでに「打ち切り説」が根強く囁かれているのでしょうか。そこには、読者が感じた「ある種の違和感」が隠されています。
読者が「打ち切り」だと勘違いした3つの理由
多くのファンが「打ち切りだったのでは?」と疑ってしまったのには、いくつかの具体的な要因があります。完結当時の盛り上がりと、読後のギャップを振り返ってみましょう。
1. 最終決戦後の展開があまりにスピーディーだった
物語の最終章である「メロン編」は、作中で最も長いエピソードでした。ハイブリッドの宿敵メロンとの戦いは、物理的な衝突だけでなく、レゴシの信念や社会の在り方を問う非常にヘビーな内容でしたよね。
しかし、あれだけ長く、苦しく展開したメロンとの決着がついた後、物語は驚くほどのスピードでエンディングへと突き進みました。
「え、あの大乱闘が終わって、もう結婚!?」「社会の問題はどうなったの?」と、読者が息をつく暇もないまま最終回を迎えてしまったことが、「急いで終わらせなければならない事情(=打ち切り)があったのではないか」という憶測を呼んだのです。
2. 未回収に感じられる伏線とキャラクターの行方
BEASTARSの世界観は非常に緻密で、魅力的なサブキャラクターが数多く登場します。それゆえに、最終回までに「彼らのその後」が十分に描かれなかったことが、消化不良感に繋がってしまいました。
例えば、レゴシに戦い方を教えたウサギの師匠・キュー。彼女の背景やレゴシとの複雑な関係はもっと掘り下げられる余地がありましたし、アパートの隣人だったセブンたちの日常も、終盤では影が薄くなってしまいました。
読者は一人ひとりのキャラクターに深い愛着を持っていたからこそ、「もっと彼らの人生を見たかった」という願いが、「描き切れなかった=打ち切り」という解釈に変換されてしまったのかもしれません。
3. 「ビースター」という称号の扱い
タイトルの冠にもなっている「ビースター」という存在。物語の序盤では、学園や社会を導く象徴として誰がその座に就くのかが大きなテーマでした。
しかし、結末においては、特定の誰かがビースターになって世界を変えるという英雄譚的な解決ではなく、レゴシとハルが「個人としてどう生きるか」というプライベートな着地に重点が置かれました。
この「社会制度の改革」よりも「個人の幸福」を優先した終わり方が、一部の読者には「物語の主軸を放り投げた」ように映ってしまった可能性があります。
板垣巴留先生が「完結」を選んだ真の理由とは
打ち切りではないとしたら、なぜ板垣巴留先生はあのタイミング、あの構成で物語を閉じたのでしょうか。そこにはクリエイターとしての決断と、作品のテーマ性が深く関わっています。
週刊連載という「戦場」での限界
週刊漫画の連載は、想像を絶するハードワークです。特に板垣先生は、独特のタッチと濃密な心理描写を武器にする作家さんです。約4年間、毎週のように読者の度肝を抜く展開を考え、描き続けることの負担は計り知れません。
インタビューやSNSでの発信を見ても、先生が心血を注いでレゴシたちの物語を紡いできたことが伝わってきます。物語が一番熱いうちに、そして自分の筆力が一番乗っているうちに完結させる。それは、作品のクオリティを維持するための「攻めの完結」だったと言えるでしょう。
解決できない問題を「解決させない」リアル
BEASTARSのテーマは、肉食と草食という「決して相容れない存在がいかに共存するか」という非常に根深いものです。
もし、最終回で魔法のように差別がなくなり、みんなが手を取り合って笑い合う世界になっていたらどうでしょう。それはそれで素敵ですが、BEASTARSが持っていた「生々しいリアリティ」は失われていたかもしれません。
あえて世界の問題を未解決のまま残し、それでも一歩踏み出すレゴシとハルの姿を描く。あの「少し不器用で、急ぎ足な終わり方」こそが、混沌とした世界を生きる動物たちのリアルな姿を象徴していたのではないでしょうか。
物語の続きはBEAST COMPLEXで補完されている!
「本編だけでは物足りない!」「あのキャラのその後が知りたい!」という方に、ぜひ手に取ってほしいのが『BEAST COMPLEX(ビーストコンプレックス)』です。
BEAST COMPLEXは、BEASTARSと同じ世界を舞台にした読み切り連作集です。実は、本編の連載中や完結後も、板垣先生はこの短編集を通じて世界観を広げ続けています。
ここには、本編では語られなかったサブキャラクターの苦悩や、レゴシとハルのその後のちょっとしたエピソードも収録されています。
本編が「レゴシという一人の少年の成長記」だとしたら、BEAST COMPLEXは「BEASTARSという世界の解剖図」のような存在です。これを読むことで、最終回で感じた物足りなさが「あ、こういうことだったんだ!」という納得に変わるはず。未読の方は、ぜひチェックしてみてください。
アニメ版が「理想の最終回」を見せてくれる可能性
さらに、ファンが注目しているのがアニメ版の展開です。
Netflixで配信されているアニメシリーズは、非常に高いクオリティで制作されています。アニメ化の際には、原作のストーリーを整理したり、セリフを補完したりすることがよくあります。
現在予定されているファイナルシーズンでは、原作で「駆け足だ」と言われた後半部分を、アニメならではの演出で丁寧に再構成してくれるのではないかと期待されています。映像と音楽、そして声優さんの演技が加わることで、物語のメッセージがより鮮明に伝わるかもしれませんね。
漫画を読み返しながら、アニメでどう描かれるかを待つのも、BEASTARSという作品を長く楽しむ醍醐味と言えるでしょう。
BEASTARS完結の理由を知って、もう一度読み直そう
さて、ここまでBEASTARSの完結にまつわる噂と、その真実についてお話ししてきました。
「打ち切り」という言葉だけが一人歩きしてしまった背景には、作品があまりに面白すぎたゆえの「ロス感」や、もっと続きを見たいという「ファンの熱望」があったのです。
あらためて振り返ると、以下のポイントが見えてきます。
- 公式には打ち切りではなく、板垣巴留先生が描き切った完結である。
- 急ぎ足に感じたのは、社会の大きな問題よりも「個人の絆」に焦点を当てたため。
- 未回収の要素は、短編集のBEAST COMPLEXで丁寧に拾われている。
- アニメ版という、もう一つの「完結の形」にも期待が持てる。
BEASTARSは、単なる擬人化漫画ではありません。私たちの現実世界にある差別や孤独、そして愛について、動物の姿を借りて真っ向から突きつけてくる唯一無二の作品です。
もし、あなたが「最終回が納得いかなくて、しばらく読んでいないな」という状態なら、ぜひもう一度、最初から読み返してみてください。物語の終着点を知った上で最初から辿ってみると、レゴシの一言一言やハルの強さが、また違った輝きを持って迫ってくるはずです。
あの衝撃の完結から時間が経った今だからこそ、自分なりの答えを探しながらBEASTARSの世界に浸ってみるのも悪くないですよ。
最後に、板垣巴留先生の最新作やBEASTARSのグッズなどもチェックして、これからもこの素晴らしい世界を応援し続けていきましょう!
**BEASTARS(ビースターズ)は打ち切り?完結の理由や最終回の噂を徹底考察!**をお読みいただき、ありがとうございました。

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