あらゐけいいち先生の描く、どこか懐かしくて、でも最高にぶっ飛んだ世界観。その代表作の一つである『CITY』が全13巻で完結した際、ファンの間で「もしかして打ち切りなの?」という声が上がりました。
前作『日常』がアニメ化も含めてあまりに巨大なムーブメントを起こしたため、比較される宿命にあった本作。しかし、物語の結末を見届けた人ならわかるはずです。あれは打ち切りなどではなく、緻密に計算された「街の記録」の完成だったということを。
今回は、『CITY』がなぜ完結したのか、打ち切り説が出る背景、そして『日常』とは決定的に何が違うのか、その魅力を余すことなくお届けします。
そもそも『CITY』という物語は何を描いていたのか
『CITY』は講談社の「モーニング」で連載されていた作品です。舞台は、個性豊かな住人たちが暮らす「南葛市(なんかつし)」。一見すると、一文無しの大学生・南雲美鳥が主人公のように見えますが、読み進めるうちに「この漫画の本当の主人公は、この街そのものなんだ」と気づかされます。
シュールな笑い、予測不能なアクション、そしてふとした瞬間に訪れるエモい瞬間。あらゐ先生節が全開でありながら、その実、非常に高度な群像劇として構成されていました。
『CITY』打ち切り説の真相:なぜ「終わった」ではなく「終わらされた」と思われたのか
ネットの検索ワードに「打ち切り」という不穏な言葉が並ぶことがありますが、結論から言えば、本作は打ち切りではありません。 作者であるあらゐ先生が描き切りたいところまで描き、最高の形で着地した完結作です。
では、なぜ「打ち切り」なんて噂が立ったのでしょうか。そこにはいくつかの理由が考えられます。
1. 完結に向けた加速感が凄まじかった
最終巻にあたる13巻に向けて、物語のスピード感は一気に増しました。これまでバラバラに存在していた街の住人たちのエピソードが、まるでドミノ倒しのように一つの大きなうねりとなって収束していく様は圧巻です。この「急激に物語が畳まれていく感覚」が、一部の読者には「急いで終わらせた=打ち切り」と映ったのかもしれません。
2. 青年誌というフィールドでの戦い
『日常』は少年エース(少年誌)での連載でしたが、『CITY』はモーニング(青年誌)でした。ターゲット層が広がり、より複雑な人間関係や「お金がない」「進路に悩む」といった生々しいテーマも含まれるようになりました。この作風の変化が、かつての『日常』のような「分かりやすい爆発力」を求めていた層には少し大人びて見えたのかもしれません。
3. 『日常』の影が大きすぎた
これは人気作家の宿命ですが、どうしても前作と比較されてしまいます。「もっと長く続くはずだ」「もっとアニメ化まで引っ張るはずだ」という期待値が高すぎたために、13巻という(単行本としては十分な)ボリュームで終わったことが「短すぎる」と感じさせてしまったのでしょう。
『日常』と『CITY』の決定的な違いとは?
多くの人が気になるのが、あらゐ先生の金字塔である『日常』との違いです。似ているようでいて、実はこの二作、手触りが全く異なります。
「点」の日常と「線」のCITY
『日常』は、時定高校という箱庭の中で起こる、ある種「ぶつ切り」の面白さが魅力でした。一つ一つのギャグが独立しており、どこから読んでも笑える。いわば「点」の集合体です。
対して『CITY』は「線」の物語です。Aというキャラの起こした行動が、巡り巡ってBというキャラのピンチを救い、それが街全体のパニックにつながる。すべてのエピソードがどこかで繋がっており、一冊読み終えた後の「すべてが繋がった感」は、パズルを解き明かしたような快感があります。
登場人物の「成長」と「生活」
『日常』のキャラたちは、良い意味でループする日常の中にいました。しかし『CITY』の住人たちは、少しずつ変化していきます。
南雲美鳥の借金事情や、にーくらの写真に対する向き合い方、わこの姉妹関係。青年誌連載ということもあり、キャラクターたちが「生活」し、「未来」へ向かって進んでいる実感が強いのが『CITY』の特徴です。
あらゐ先生の描くキャラクターをもっと身近に感じたいなら、CITY あらゐけいいちを手に取ってみてください。きっと、彼らがどこかの街で本当に生きているような感覚になれるはずです。
語り継がれるべき『CITY』の魅力的なキャラクターたち
本作を支えるのは、あまりにキャラの濃い住人たちです。彼らの掛け合いこそが、街のエネルギーそのものでした。
- 南雲美鳥(なぐも みどり):稀代のトラブルメーカーであり、本作の顔。お金にはだらしないけれど、なぜか憎めない圧倒的な生命力。彼女の全速力のダッシュが、街の物語を動かしていきます。
- にーくら(新倉):南雲の友人で、常識人ポジション……と思いきや、彼女もなかなかの変人。写真家を目指す彼女の苦悩や、南雲との友情を超えた腐れ縁は、物語の大きな軸でした。
- 泉わこ:写真を撮るのが趣味の少女。彼女の視点を通すことで、読者は南葛市という街を客観的に、かつ愛おしく眺めることができます。
彼らのやり取りを彩るあらゐ先生の作画も、連載を通してどんどん洗練されていきました。背景の細かなネタ、看板の文字、モブキャラの動き。一度読んだだけでは気づけない仕掛けが満載です。
2025年、京都アニメーションによるアニメ化決定の衝撃
ここで、打ち切り説を完全に払拭する大きなニュースに触れないわけにはいきません。なんと、京都アニメーション制作による『CITY』のアニメ化が発表されました。
かつて『日常』を伝説的なクオリティでアニメ化した京アニが、再びあらゐワールドを手掛ける。これほど信頼できるタッグはありません。打ち切りどころか、今まさに『CITY』は再評価の熱波の中にいるのです。
アニメ化によって、あの街の喧騒や、独特の「間」がどう表現されるのか。原作ファンだけでなく、未読の方にとっても2025年最大の注目作になることは間違いありません。
あらゐ先生の描く独特のフォルムや、キャラクターが画面を縦横無尽に駆け回る姿。アニメ化の前に原作をおさらいしておきたい方は、あらゐけいいち CITY 全巻をチェックしておくことをおすすめします。
作者・あらゐけいいち先生の現在地
『CITY』を完結させた後、あらゐ先生はさらなる飛躍を見せています。驚くべきことに、一度完結したはずの『日常』の連載を再開し、ファンを驚喜させました。
しかし、再開された『日常』を読んでいると、『CITY』で培われた「群像劇としての深み」や「洗練された画面構成」がフィードバックされていることに気づきます。決して過去のスタイルに戻ったのではなく、『CITY』という挑戦を経たからこそ書ける新しい表現に進化しているのです。
また、イラストレーターや動画クリエイターとしても活動の幅を広げており、その溢れ出る才能は留まるところを知りません。
まとめ:あらゐけいいち『CITY』は打ち切りではなく「完成された街の叙事詩」
ネットの噂に惑わされる必要はありません。あらゐけいいち『CITY』は打ち切りではなく、最後まで作者の情熱が注がれた傑作です。
借金まみれの日常も、奇妙な隣人たちも、街を揺るがす大事件も。すべてが「CITY」という器の中で混ざり合い、最高のフィナーレを迎えました。13巻のラストシーンを読んだとき、あなたはきっとこの街の住人になりたいと思うはずです。
アニメ放送が始まれば、南葛市の賑やかさはさらに加速するでしょう。今のうちに、漫画という形でその全貌を網羅してみてはいかがでしょうか。
あらゐけいいち先生が描く、唯一無二のコメディ。その深淵に触れるなら、今が絶好のタイミングです。ぜひ、CITY 13巻 あらゐけいいちを手にとって、その結末を自分の目で確かめてみてください。
あらゐけいいち『CITY』は打ち切り?完結の理由や『日常』との違いを徹底解説しました!

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