テレビっ子だったあの頃、木曜の夜9時といえば、お茶の間がとんねるずの色に染まる時間でした。30年という驚異的な長さを誇った伝説的バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』。しかし、2018年3月、日本中に激震が走る形で幕を閉じました。
「なぜ、あんなに勢いのあった番組が終わってしまったのか?」「本当の理由はなんだったのか?」今でもネット上ではさまざまな憶測が飛び交っています。今回は、当時の業界事情や社会背景を掘り下げながら、ファンならずとも気になるその真相について、多角的な視点から紐解いていきましょう。
視聴率の低迷と「テレビ局の聖域」の崩壊
まず避けて通れないのが、やはり視聴率という厳しい現実です。全盛期には30%を超えるモンスター番組だった「みなおか」も、最晩年には1桁台が当たり前という状況にまで落ち込んでいました。
当時のフジテレビは、かつての「視聴率三冠王」の面影はなく、全社を挙げての大改革を迫られていました。そこに就任したのが、宮内正喜氏。彼は「聖域なき改革」を掲げ、数字の取れない長寿番組を次々と整理する方針を打ち出したのです。
どんなに功績がある番組であっても、今の数字が出なければ守り切れない。そんなシビアなビジネス判断が、長年フジテレビを支えてきたとんねるずにも突きつけられた瞬間でした。
1回3,000万円?高額すぎる制作費の壁
視聴率の低下とセットで議論されたのが、莫大な制作費の問題です。一説によると、当時の番組1回あたりの制作費は約3,000万円。さらに、とんねるずの二人のギャラだけで数百万から800万円近くかかっていたと言われています。
視聴率が高い時期であれば、それに見合う広告収入が入るため問題ありません。しかし、数字が取れなくなると、この高いコストはそのまま局の赤字に直結します。「これだけの予算をかけるなら、もっと安く作れて数字が取れる若手の番組に変えた方がいい」という声が局内で強まるのは、組織として自然な流れだったのかもしれません。
また、番組のロケで使用されるセットや小道具、海外ロケなど、とんねるず流の「豪快な演出」も、コストカットが進む現代のテレビ業界では維持が難しくなっていました。
変化するコンプライアンスと「パワハラ芸」への視線
番組終了の決定打の一つと言われているのが、社会的な価値観の変化、いわゆる「コンプライアンス」の壁です。
とんねるずの魅力は、なんといっても予定調和をぶち壊す「型破りなノリ」でした。しかし、その象徴でもあった若手芸人やスタッフへの激しいイジり、あるいは食べ物を粗末にするような演出が、SNS時代においては「いじめに見える」「不快だ」といった批判を浴びやすくなっていました。
特に2017年、過去の人気キャラクター「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」を復活させた際、LGBT団体からの抗議やBPOでの審議に発展したことは記憶に新しいでしょう。この騒動は、番組が持つ「古き良き(しかし今では通用しない)ノリ」と、現代社会の倫理観との決定的なズレを象徴する出来事となってしまいました。
フジテレビ内部の勢力図と「後ろ盾」の不在
番組がこれほど長く続いた背景には、とんねるずを熱烈に支持する「局内上層部」の存在がありました。特に、フジテレビのドンと呼ばれた日枝久氏との強い絆は有名です。
しかし、その日枝氏が会長職を退き、経営陣の若返りや交代が進むにつれ、彼らを特別扱いする空気は薄れていきました。かつては「とんねるずには手を出せない」という暗黙の了解があったものの、新しい体制下ではそのタブーが消滅。純粋に「コストと結果」で判断されるフェーズに入ってしまったのです。
番組が残した功績と「とんねるずロス」
打ち切りという形ではありましたが、この番組がバラエティ界に残した足跡は計り知れません。「野猿」に代表されるように、裏方のスタッフをスターに仕立て上げる演出や、数々の流行語。そして、どんな状況でもカメラの向こう側を笑わせようとする、石橋貴明さんと木梨憲武さんのプロ根性。
最終回のラストシーン。名曲『情けねえ』を歌い上げ、歌詞の中にフジテレビへの皮肉と愛を込めたあの姿は、多くの視聴者の涙を誘いました。「バラエティを滅ぼすなよ」というメッセージは、今の守りに入ったテレビ業界全体への、彼らなりの最後の咆哮(ほうこう)だったのかもしれません。
終了後のそれぞれの道と「貴ちゃんねるず」
番組終了後、地上波で二人が揃う姿を見ることは少なくなりましたが、彼らの火は消えていません。石橋貴明さんはYouTubeへと戦場を移し、マッコイ斉藤氏らと共に「貴ちゃんねるず」を開設。テレビではできなくなった過激で自由な笑いをネットの世界で爆発させ、若い世代からも再び支持を集めています。
一方で木梨憲武さんは、アートや音楽、ラジオなど、よりアーティストとしての側面を強め、多角的な活動でファンを魅了し続けています。それぞれの道で、今なお「みなさんのおかげ」の精神は生き続けているのです。
みなさんのおかげでしたの打ち切り理由は?視聴率や高額制作費、時代とのズレを徹底解説のまとめ
結局のところ、『みなさんのおかげでした』の打ち切り理由は、単一の不祥事やトラブルではなく、視聴率の低下、制作コストの高騰、そして時代の価値観の変化という「複数の波」が同時に押し寄せた結果だと言えるでしょう。
しかし、それは決して番組が「負けた」わけではありません。30年という歳月を駆け抜け、一つの時代を完全に作り上げたという事実は、日本のテレビ史に永遠に刻まれます。
もし今、彼らが全盛期の勢いで地上波に現れたとしたら、私たちはどう反応するでしょうか。かつての毒気を含んだ笑いを懐かしむ人もいれば、やはり顔をしかめる人もいるかもしれません。しかし、一つだけ確かなのは、今のテレビにはあの頃のような「何が起こるかわからないワクワク感」が不足しているということです。
「バーイ、センキュー」。あの決め台詞とともに幕を閉じた伝説は、今も私たちの記憶の中で、最高に無茶苦茶で、最高に面白い姿のまま生き続けています。

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