「テラフォーマーズ」の橘賢一先生と、「海猿」の小森陽一先生がタッグを組んだ超大型パニックホラー。そんな期待を一身に背負って始まった『ジャイガンティス』が、わずか5巻で幕を閉じたとき、読者の誰もが「えっ、ここで終わり?」と声を上げたはずです。
圧倒的な画力で描かれる未知の生物「IAS」の恐怖。対馬を舞台にした極限のサバイバル。物語が加速し、いよいよ世界規模の戦いへ……というタイミングでの完結は、SNSでも「打ち切りなのでは?」という憶測を呼びました。
今回は、多くのファンが気になっているジャイガンティス打ち切り理由の真相から、残された伏線、そして物語が私たちに残したメッセージまでを、徹底的に深掘りしていきます。
突如として訪れた「完結」の衝撃
2021年、グランドジャンプで華々しく連載を開始した『ジャイガンティス』。物語は、突如として長崎県・対馬に現れた正体不明の食人生物「IAS(イアス)」によって、平和な日常が崩壊するところから始まります。
主人公・玄(げん)は、最愛の妹を救うために自らも人外の力を手にし、IASとの絶望的な戦いに身を投じていきます。緻密に描き込まれたクリーチャーの造形や、容赦のないグロテスクな描写は、まさに橘賢一先生の真骨頂。読者は「これぞパニックホラーの正解だ」と確信していました。
しかし、2023年。物語の舞台が対馬から日本本土、そして世界へと広がろうとした矢先、連載は終わりを迎えました。単行本5巻のラストは、一応の決着は見せつつも、根本的な問題は何も解決していない「俺たちの戦いはこれからだ!」という形だったのです。
ジャイガンティス打ち切り理由を読み解く3つの視点
公式に「打ち切り」という言葉が使われることは滅多にありません。しかし、作品の終わり方や背景事情を分析すると、いくつかの「理由」が浮かび上がってきます。
1. 原作プロットとの兼ね合い
本作は小森陽一先生の小説『G(ジー)』を原作としています。漫画版は、この原作が持つパニックホラーとしてのエッセンスを凝縮して描かれていました。
漫画が5巻という短さで終わった背景には、原作小説のストーリーラインをある程度消化しきった、あるいは「対馬編」という大きな区切りを物語のゴールに設定していた可能性があります。しかし、漫画版で追加された魅力的なキャラクターや広げられた設定が多すぎたため、読者には「もっと続きがあるはずだ」という感覚を強く抱かせてしまいました。
2. 商業的な判断とアンケート
残念ながら、商業誌の世界はシビアです。どんなに豪華な執筆陣であっても、雑誌のアンケート順位や単行本の売上部数が、連載継続の大きな判断材料になります。
『ジャイガンティス』は高いクオリティを誇っていましたが、パニックホラーというジャンル自体が、長期連載になればなるほど「中だるみ」しやすい性質を持っています。読者が最も熱狂する「正体不明の敵に対する初期のパニック」が一段落した後の展開で、期待されたほどの爆発力を維持できなかった可能性は否定できません。
3. 次なるプロジェクトへの移行
作画を担当した橘賢一先生は、日本を代表するトップクリエイターの一人です。本作の連載終了後、ファンの間では「もしや『テラフォーマーズ』の再開や、別の新プロジェクトにリソースを割くための決断だったのでは?」という推測もなされました。才能ある作家だからこそ、限られた時間の中でどの作品に心血を注ぐかという戦略的な選択が行われたのかもしれません。
残された伏線と「未完」の魅力
『ジャイガンティス』が打ち切りだと騒がれる最大の理由は、あまりにも多くの謎が残されたままだからです。
- IASの真の正体は何だったのか?
- 世界各地で発生したアウトブレイクはどうなったのか?
- 主人公・玄の肉体変異の終着点は?
- 妹・美波の存在が物語に与える最終的な影響は?
これらの問いに、明確な答えは示されませんでした。しかし、あえて「すべてを説明しない」ことが、この作品の不気味さを引き立てている側面もあります。
GIGANTIS-ジャイガンティス- 5を手に取ってみると、その結末は確かに唐突ですが、同時に「人類の敗北」や「終わりの始まり」を予感させる独特の余韻を残しています。すべてがハッピーエンドで終わる物語だけが正解ではない。そんなパニックホラー特有の「投げっぱなしの美学」を感じることもできるのです。
橘賢一先生が描いた「絶望」の密度
打ち切りの理由がどうあれ、全5巻を通して描かれたグラフィックの密度は、他の追随を許さないレベルでした。
IASが人間を捕食し、その遺伝子を取り込んで異形へと進化していく様子。それは生命の根源的な恐怖を揺さぶるものでした。橘先生のペンタッチは、筋肉の躍動から皮膚の質感、飛び散る体液に至るまで、執拗なまでのこだわりで埋め尽くされています。
特に、対馬の鬱蒼とした森の中で繰り広げられる戦闘シーンは、白黒の誌面から血生臭さが漂ってきそうなほどの臨場感がありました。この圧倒的な「絵の力」があったからこそ、読者は短い連載期間であっても、深くこの世界観に没入できたのです。
『ジャイガンティス』という作品の価値を再定義する
「打ち切り」という言葉にはネガティブな響きがありますが、必ずしも作品の質が低かったことを意味するわけではありません。
むしろ、『ジャイガンティス』は「超一流のスタッフが本気でパニックホラーに取り組んだらどうなるか」という実験的な挑戦だったとも言えます。短い巻数だからこそ、最初から最後まで緊張感が途切れることなく、一気読みするには最適なボリュームになっています。
もしこの作品が10巻、20巻と続いていたら、この疾走感は失われていたかもしれません。対馬という閉鎖空間から始まり、絶望が世界に伝播していくその瞬間に幕を閉じたことは、ある意味で「最も美しい終わり方」の一つだったと解釈することも可能です。
私たちがこの物語から受け取るべきもの
『ジャイガンティス』は、私たちに「日常がいかに脆いか」を突きつけました。
昨日まで笑い合っていた家族や友人が、一瞬にして理解不能なバケモノに成り果てる。昨日まで守ってくれていたはずの国家や軍隊が、圧倒的な暴力の前に無力化される。この「秩序の崩壊」こそが、小森陽一先生と橘賢一先生が描きたかった核心ではないでしょうか。
結末に納得がいかないという声も多いでしょう。しかし、現実の災害やパンデミックもまた、何の説明もなく、納得のいく結末も用意されないまま、私たちの日常を奪い去っていきます。その理不尽さこそが、本作が表現したリアルな恐怖だったのです。
最後に:ジャイガンティス打ち切り理由から考える「再始動」への期待
さて、ここまでジャイガンティス打ち切り理由について考察してきましたが、ファンの心の中には、今でも「第2部」を待望する気持ちが残っています。
物語のラストで示唆された「世界規模の侵蝕」。あれはまさに、新しい物語の始まりを予感させるものでした。いつか時が経ち、作家陣のタイミングが合ったとき、よりスケールアップした形で玄たちの戦いが描かれる日が来るかもしれません。
あるいは、残された謎は読者の想像力の中で完成されるべきものなのかもしれません。
完結した今だからこそ、もう一度第1巻から読み返してみることをお勧めします。結末を知った上で読み直すと、初期の何気ない台詞やIASの挙動に、また違った意味が見えてくるはずです。
GIGANTIS-ジャイガンティス- 1から始まる、あの対馬の悪夢。
打ち切りという結果に惑わされることなく、そこに込められた圧倒的な熱量と、人間の根源的な恐怖を描ききった筆致を、ぜひその目で確かめてみてください。たとえ物語が未完であっても、そこに刻まれた「絶望」は間違いなく本物だったのですから。

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