「ジャイアント・ロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」という作品を知っていますか?1992年から1998年にかけて、足掛け6年という歳月をかけて全7巻が制作された伝説のOVAです。重厚なオーケストラ、緻密に描き込まれたセル画、そして横山光輝キャラクターたちが総出演するスターシステム……。今なお「ロボットアニメの最高傑作」と呼ぶファンが絶えません。
しかし、この作品を語る上で避けて通れないのが「打ち切り説」です。物語のラスト、最大の宿敵ビッグ・ファイアが姿を現し、まさに「これから本当の戦いが始まる」という場面で終わってしまったあの幕切れ。初見の誰もが「えっ、これで終わり?」と呆然としたことでしょう。
今回は、なぜジャイアントロボが打ち切りと言われるのか、その真相と、今川泰宏監督が胸に秘めていた壮大な未完の構想について、深掘りしていきたいと思います。
そもそも「地球が静止する日」はシリーズの断片に過ぎなかった
私たちが目にしたOVA『地球が静止する日』は、実は物語の最初から最後までを描いたものではありません。ここが最も誤解されやすいポイントなのですが、今川監督の構想の中では、この作品は全10エピソードからなる巨大なサーガの「第8エピソード」に過ぎなかったのです。
例えるなら、スター・ウォーズがいきなり『エピソード4』から始まったのと同じ、あるいはそれ以上の飛躍です。監督は「歴史の中の大きな事件の一つを切り取って見せる」という手法を意図的に取りました。そのため、劇中で語られる「バシュタールの惨劇」や「カストロの乱」といった過去の事件は、設定として存在するだけでなく、本来はそれぞれが一つの独立した物語として構想されていたのです。
今川監督が描きたかった全10エピソードの全貌
当時のインタビューや設定資料から断片的に伝わっている構想は、以下のような構成になっています。
- 誕生編
- ドナロウの怪事件編
- 空中大作戦編
- バシュタールの惨劇編
- 不滅の特殊工作員編
- カストロの乱編
- 九龍地帯(クーロンチャイナ)の反乱編
- 地球が静止する日(本作)
- バベルの籠城編
私たちが熱狂したあの全7巻の物語は、実は物語の終盤も終盤。視聴者は、長い戦いの歴史がクライマックスを迎えようとする「美味しいところ」だけを見せられていたわけです。これでは「伏線が回収されていない」「打ち切りだ」と感じるのも無理はありません。
なぜ続編の「バベルの籠城編」は作られなかったのか
物語のラストでビッグ・ファイアが目覚め、草間大作とジャイアント・ロボの次なる戦いを予感させる演出がありました。誰もが続編を確信しましたが、残念ながら20年以上経った今でもアニメ版の続編は制作されていません。これには、当時の制作環境や深刻な予算問題が大きく関係しています。
圧倒的なクオリティが招いた「制作の長期化」
まず、この作品の制作期間が異常でした。当初は3年程度で完結させる予定が、実際には5年半以上かかっています。今川監督の完璧主義とも言えるこだわりにより、1カットあたりの作画密度、特撮映画のような演出、さらにはワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団を起用した贅沢すぎる劇伴制作など、OVAという枠組みを完全に超えてしまったのです。
制作が遅れれば遅れるほど、維持費や人件費は膨らみます。結果として、作品としての評価は極めて高いものの、ビジネスとしては非常に苦しい状況に追い込まれていきました。
補填のためのスピンオフが裏目に?
実は、本編の制作費を稼ぐためにジャイアントロボ 鉄腕銀鈴のようなスピンオフ作品も企画されました。本編よりも制作難易度を下げて利益を出すはずでしたが、ここでも現場の「凝り性」が発揮されてしまい、スピンオフにも関わらず高いクオリティで制作され、結果として赤字を解消する決定打にはならなかったという逸話が残っています。
このように、クリエイティブな情熱が商業的な限界を突破してしまったことが、続編「バベルの籠城編」の制作を困難にした最大の要因だと言えるでしょう。
権利関係の壁と「スターシステム」の功罪
『ジャイアント・ロボ』の魅力は、主人公の草間大作だけでなく、『バビル2世』や『魔法使いサリー』、『水滸伝』など、横山光輝作品の人気キャラクターたちが立場を変えて登場する「スターシステム」にありました。しかし、これが後の続編制作において高いハードルとなりました。
横山光輝先生が存命の間は先生自身の「面白いからいいよ」という快諾のもとに成り立っていた部分もありましたが、没後、これら膨大な作品群の版権を再び一堂に集めて新作を作ることは、権利関係の整理だけでも天文学的な労力を要します。
また、本作のゲーム出演(スーパーロボット大戦シリーズなど)が一時的に難しくなった時期があったのも、こうした版権の複雑さが影響していたと言われています。ファンとしては、スーパーロボット大戦で再び暴れまわるロボの姿を見たいところですが、そこには大人の事情が幾重にも重なっているのです。
漫画版で語られた「もう一つの結末」
アニメでの続編は叶いませんでしたが、今川監督は後に漫画という媒体で自らの構想を形にしています。戸田泰成氏が作画を担当した『ジャイアント・ロボ 地球が燃え尽きる日』や、その続編となるシリーズです。
ここでは、アニメ版では描ききれなかったビッグ・ファイアの正体や、九大天王と十傑集の因縁、そして世界を破滅に導く究極の計画の全貌が、より過激に、よりドラマチックに描かれています。アニメの「地球が静止する日」とは設定が一部異なりますが、今川イズム全開の熱いドラマは健在です。
もし、アニメ版のその先が気になって夜も眠れないという方がいれば、ジャイアントロボ 地球が燃え尽きる日を手に取ってみることをおすすめします。アニメでは叶わなかった「完結」への一つの回答がそこにあります。
それでもファンが待ち続ける「究極の未完作」
『ジャイアント・ロボ THE ANIMATION』は、確かに物語としては未完です。しかし、それを「打ち切り」というネガティブな言葉だけで片付けることはできません。なぜなら、全7巻の中で語られたドラマ、父と子の絆、そして「幸せになれ、大作」という言葉に込められたメッセージは、一つの物語として完璧な熱量を持って完結しているからです。
不便な生活を強いることで地球を救おうとしたシズマ博士。その息子として、父の過ちと向き合いながらロボと共に歩む大作。この構図は、科学技術の発展と人間の幸福という、現代にも通じる普遍的なテーマを突いています。
未完であるからこそ、ファンの想像力は刺激され続け、30年以上経っても語り継がれる。それはある意味、この作品が手にした「不老不死」の形なのかもしれません。
ジャイアントロボは打ち切りだった?未完の理由と続編構想の謎を徹底解説!:まとめ
結局のところ、ジャイアント・ロボは「打ち切り」だったのでしょうか?
その答えは、「商業的な意味では物語の途中で制作が止まってしまったが、作品の魂としてはあのラストシーンこそが最高到達点だった」と言えるのではないでしょうか。
もし今、潤沢な予算と最新の技術、そしてすべての権利関係がクリアになった状態で、今川監督が「バベルの籠城編」を制作するとしたら……。それはアニメファンにとって、まさに「シズマ・ドライブ」の再起動のような、世界を揺るがす大事件になるはずです。
それまでは、手元にあるジャイアントロボ ブルーレイを繰り返し鑑賞し、あの壮大なオーケストラの調べと共に、まだ見ぬ続編に思いを馳せる。それもまた、この伝説的な作品を楽しむ正しい作法なのかもしれません。
ジャイアントロボという作品が残した「未完の美学」。それは、私たちが忘れてしまった「情熱が理屈を凌駕する瞬間」を、今でも鮮烈に思い出させてくれるのです。
次は、ぜひあなたの目で、大作とロボの勇姿を焼き付けてください。

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