「自分より強いヤツを倒せ。」
あの重厚な音楽、映画さながらのCG、そして主演・小栗旬さんの圧倒的な存在感。サントリーのペプシネックス ゼロのCMシリーズ「桃太郎」を覚えているでしょうか。
2014年に放送が開始されるやいなや、日本中の度肝を抜いたこの作品。しかし、物語が核心に迫る中で新作の更新が止まり、ネット上では「打ち切りになったのでは?」という声が後を絶ちません。
なぜあの伝説的なCMは、物語の完結を見ることなく幕を閉じてしまったのか。今回は、多くのファンが抱く疑問の真相と、語られなかったサルのエピソード、そしてこの広告が残した功績について、徹底的に深掘りしていきます。
桃太郎の物語はなぜ途切れたのか?打ち切りの噂を検証
ペプシ桃太郎CMシリーズは、全5話(Episode.ZEROからEpisode.4まで)が制作されました。しかし、視聴者の誰もが確信していた「鬼ヶ島での最終決戦」は、明確な形では描かれないまま現在に至ります。
これが「打ち切り」と呼ばれる最大の理由です。では、なぜ制作がストップしてしまったのでしょうか。考えられる要因はいくつかあります。
まず一つ目は、圧倒的すぎる制作コストです。このシリーズはアイスランドでの大規模ロケを敢行し、ハリウッド映画を手がけるスタッフがCG制作に携わっています。さらには海外の大スター、ジュード・ロウを「オニ」役として起用するという規格外の予算が投じられていました。1本のCMを制作するのに数億円単位の費用がかかっていたと推測されており、飲料のプロモーションとしての投資対効果(ROI)が見合わなくなった可能性が高いと言えます。
二つ目は、サントリーのブランド戦略の変更です。飲料業界はトレンドの移り変わりが非常に激しく、数年単位で主力商品や訴求ポイントが変わります。ペプシも、重厚なストーリーテリングよりも、より日常的で「コーラとしての美味しさ」をストレートに伝える「J-COLA」や「生ペプシ」へと舵を切りました。
そして三つ目は、あまりに高いクオリティゆえに「ハードルが上がりすぎた」ことです。仲間のエピソードを一つずつ丁寧に描くスタイルは称賛されましたが、視聴者の期待値は最高潮に達していました。中途半端な決戦シーンでは納得させられない、という制作陣のこだわりが、かえって「完結」を難しくした側面もあるのかもしれません。
唯一過去が描かれなかった「サル」の謎
このシリーズを追いかけていたファンの間で、今でも議論の種になるのが「サルのエピソード」の欠落です。
Episode.2では「イヌ」の悲しい過去と桃太郎との出会いが描かれました。
Episode.3では「キジ」が、鬼に魂を売った兄・カラスとの葛藤を経て仲間に加わるドラマが描かれました。
当然、次はサルの番だと思われていましたが、公開されたEpisode.4は、仲間の過去編ではなく、いきなり宿敵オニ(ジュード・ロウ)の出自にフォーカスしたものだったのです。
なぜサルだけが無視されたのか。当時のインタビューなどで制作側は、「ストーリーがすでに佳境に入り、鬼との対決フェーズに移行したため、個別の回想を入れるタイミングを逸した」という趣旨の回答をしています。
しかし、一説には「サルのキャラクター設定があまりに強烈、あるいは複雑で、CMの1分間という尺では描ききれなかった」とも言われています。この「サルの未完」こそが、ペプシ桃太郎が完結しなかった象徴として、ファンの心にモヤモヤを残す原因となりました。
「鬼」の正体とペプシが伝えたかったメッセージ
このCMを単なる「昔話の現代風アレンジ」と捉えると、本質を見誤るかもしれません。実は、この物語にはペプシというブランドが背負っている宿命が投影されているという説が有力です。
劇中に登場する巨大で圧倒的な力を持つ「鬼」。これは、コーラ市場において不動のシェアを誇るライバル、コカ・コーラの比喩ではないかと言われています。
- 圧倒的なシェアを持つ巨人に、真っ向から挑むチャレンジャー。
- 一度は敗北し、修行を経て再び立ち上がる桃太郎。
- 「Forever Challenge.(自分より強いヤツを倒せ。)」というキャッチコピー。
これらはすべて、王者コカ・コーラに対して戦いを挑み続けるペプシの企業姿勢そのものです。そう考えると、この物語が完結しない理由は非常にシンプルです。「現実の市場での戦いに終わりがないから」です。桃太郎が鬼を倒してハッピーエンドを迎えてしまったら、それはペプシの挑戦が終わることを意味してしまいます。
あえて完結させないことで、常に挑戦者であり続けるというブランドの決意を表明していた、と解釈することもできるのです。
広告史に残る伝説。打ち切りを超えた価値
結果として物語は完結しませんでしたが、このCMが日本の広告史に刻んだ功績は計り知れません。
通常、CMは「飛ばされるもの」であり、「15秒だけ我慢するもの」でした。しかし、ペプシ桃太郎は違いました。新作が公開されるたびにニュースになり、YouTubeでの再生回数は爆発的に伸び、SNSでは考察が飛び交いました。
TCC賞グランプリやACC CM FESTIVALなど、広告界の主要な賞を総なめにしたことは、この作品が単なる「目立つ広告」ではなく、高い芸術性とメッセージ性を持っていたことの証左です。
また、炭酸飲料のプロモーションにこれほどまでの世界観を持ち込んだ手法は、後の多くのWeb動画やプロモーションにも影響を与えました。たとえ物語としての結末が描かれなかったとしても、視聴者の記憶にこれほど強烈に刻まれている時点で、広告としては「大勝利」だったと言えるでしょう。
ペプシ桃太郎の打ち切りが私たちに教えてくれたこと
もし今、改めてこのCMを見返すとすれば、それは単なる懐かしさだけではないはずです。
今の時代、効率性やコスパが重視される中で、あそこまで「無駄に熱く、無駄に壮大」なものを作る情熱は、私たちの心を震わせます。たとえサルの過去が明かされなくても、桃太郎が鬼を斬るシーンが映されなくても、あの映像の中にあった「困難に立ち向かう勇気」は今も色褪せていません。
私たちは日常の中で、自分よりも大きな壁や、理不尽な「鬼」に遭遇することがあります。そんな時、ふとあのペプシの音楽を思い出し、「自分より強いヤツを倒せ。」という言葉を反芻する。それだけで、少しだけ背筋が伸びるような気がしませんか。
ペプシ桃太郎は、完結しなかったからこそ伝説になりました。未完のままであることが、視聴者一人ひとりの心の中で「自分なりの続き」を想像させ、物語を永遠のものにしたのです。
いつか、数十年後に、白髪になった桃太郎とサルが語らう番外編が作られる……なんて夢を抱きつつ、私たちは今日もそれぞれの「鬼」に挑んでいくしかありません。
ペプシ桃太郎が打ち切りになったという事実は、ある意味でこの物語を伝説のまま閉じ込めるための、完璧な幕引きだったのかもしれません。

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