「あの名作がなぜ一時期、本屋から消えたの?」
「本当は打ち切りだったんじゃないの?」
そんな疑問を抱えながら、押し入れの奥の単行本を眺めている方も多いのではないでしょうか。浦沢直樹先生の代表作の一つである『MASTERキートン』。考古学者にして元SAS(英国特殊空挺部隊)のサバイバル教官、そして保険調査員(オプ)という異色の肩書きを持つ平賀=キートン・太一の活躍を描いたこの物語は、今なお語り継がれる知的なエンターテインメントの金字塔です。
しかし、この作品には長年、不穏な「打ち切り説」や「封印された」という噂がつきまとってきました。結論からお伝えすると、物語自体は決して打ち切りではありません。では、なぜそのような噂が広まり、実際に新品が買えない「絶版状態」が続いていたのか。
今回は、ファンをヤキモキさせたあの「絶版騒動」の裏側と、権利問題を乗り越えて奇跡の復活を遂げた真相について、どこよりも分かりやすく深掘りしていきます。
物語は「打ち切り」ではなく、考古学への旅立ちで完結している
まず最初にはっきりさせておきたいのは、連載当時のストーリー展開についてです。
ネット掲示板などで「打ち切りだったから急に終わった」という書き込みを見かけることがありますが、これは事実とは異なります。1988年から1994年まで『ビッグコミックスピリッツ』で連載された本作は、全144話、単行本にして18巻というボリュームで堂々と完結しています。
最終回を思い出してみてください。キートンは、長年の夢であったドナウ文明の理論を証明するため、父・太平や娘・百合子との絆を再確認しながら、調査の地であるルーマニアへと旅立ちます。あれは紛れもなく、一つの大きな物語が節目を迎えた「大団円」でした。
当時の人気も絶大で、アンケート結果が悪くて無理やり終了させられるような状況では決してありませんでした。それどころか、連載終了後にはアニメ化もされ、MASTERキートン DVD-BOXなどの関連商品も大ヒットを記録しています。では、なぜ「打ち切り」というネガティブなワードがこれほどまでに定着してしまったのでしょうか。
その原因は、作品の内容ではなく、連載終了後に発生した「大人の事情」にありました。
衝撃の絶版騒動!本屋からキートンが消えた理由
2000年代に入ってから、異変が起きました。書店から『MASTERキートン』の単行本が次々と姿を消し、出版社に在庫を確認しても「重版未定(増刷の予定なし)」という回答が返ってくるようになったのです。
古本市場では価格が高騰し、全巻セットにはプレミアがつきました。名作中の名作が、なぜか「手に入らない本」になってしまった。この異常事態が、読者の間で「何かマズいことがあって打ち切り(実質の封印)になったのではないか」という憶測を呼んだのです。
この絶版騒動の引き金となったのは、作品のクレジット(著者表記)を巡る深刻な対立でした。
本作の著者は、作画の浦沢直樹先生、そして原作者としてクレジットされていた勝鹿北星先生の連名となっていました。しかし、物語の制作過程において、当初の原作者である勝鹿先生の関与が次第に薄くなり、代わって浦沢先生と、編集者であり脚本も手がける長崎尚志先生がストーリーの根幹を構築するようになったという背景があります。
浦沢先生側からすれば「自分たちが作り上げた物語である」という自負があり、一方で勝鹿先生側にも「原作者としての権利」があります。この両者の間で、単行本における名前の表記サイズや印税の配分を巡り、法的な、あるいは感情的な大きな溝が生まれてしまったのです。
権利者が複数いる場合、全員の同意がなければ本を増刷することはできません。こうして『MASTERキートン』は、増刷ストップという名の「冬の時代」に突入してしまいました。
騒動の核心となった「原作者クレジット」の確執
この騒動をさらに複雑にしたのが、漫画業界全体を巻き込んだ論争です。
一時期、単行本の著者表記から勝鹿北星先生の名前が極端に小さくなったり、あるいは外されたりするような動きがありました。これに対して、勝鹿先生と親交が深かった『美味しんぼ』の原作者・雁屋哲先生などが猛烈に抗議。ブログ等でこの問題を厳しく指摘したことで、騒動はファンの知る議論へと発展しました。
「原作者の権利を軽視しているのではないか」という意見と、「実際に執筆している作家の寄与度を反映すべきだ」という意見。どちらが正しいという単純な話ではなく、クリエイターとしての誇りがぶつかり合った結果、作品そのものが身動き取れなくなってしまったのです。
不幸なことに、解決の糸口が見えないまま勝鹿北星先生が2004年に逝去されました。これにより、権利の整理はさらに困難を極めるかと思われました。しかし、名作をこのまま埋もれさせてはいけないという関係者の尽力、そして何より読者の熱烈な再刊希望の声が、少しずつ事態を動かしていくことになります。
権利問題を乗り越え「完全版」として奇跡の復活
長い沈黙を破り、事態が劇的に好転したのは2011年のことでした。
ついに権利関係の整理がつき、装いも新たに『MASTERキートン 完全版』の刊行が始まったのです。この完全版の表紙を見て、多くのファンが胸を熱くしました。そこには、浦沢直樹、勝鹿北星、長崎尚志という3名の実名が、しっかりと、そして対等に刻まれていたからです。
この完全版の発売により、一連のトラブルは完全に解決したことが公に証明されました。現在では、紙の書籍はもちろん、Kindle Paperwhiteなどのデバイスで読める電子書籍版も解禁されており、いつでもどこでもキートンの活躍を楽しむことができます。
さらに、この復活劇には続きがありました。2012年、なんと20年ぶりの完全新作となる『MASTERキートン Reマスター』の連載が発表されたのです。
50代になったキートンが、相変わらず不器用ながらも世界中の事件を解決していく姿。それは、かつての騒動を完全に過去のものとし、作品が今もなお生き続けていることを象徴する出来事でした。新作の連載が小学館の『ビッグコミックオリジナル』で行われたことも、出版社との関係性が修復されたことを物語っています。
マスターキートンの打ち切り説は本当?絶版の真相と再始動の裏側を解説
ここまで振り返ってきた通り、『MASTERキートン』にまつわるネガティブな噂の正体は、連載そのものの打ち切りではなく、連載終了後に起きた「著作権を巡る泥沼の争い」でした。
一時は「二度と新品では読めない」とまで言われた作品が、こうして再び光を浴びているのは、この物語にそれだけの価値があったからです。
キートンが教えてくれるのは、どんな困難な状況にあっても「学ぶこと」を諦めない姿勢です。それは、権利問題という現実の壁にぶつかりながらも、作品を守り抜こうとした制作者たちの姿勢にも重なるような気がします。
もしあなたが、かつての絶版騒動を聞いて「読むのをためらっていた」あるいは「最後まで読んでいなかった」のであれば、今こそ最高のタイミングです。完全版を手に取って、キートンの知的な冒険に身を投じてみてください。
そこには、打ち切りや封印といったノイズを一切寄せ付けない、圧倒的な面白さが待っています。
MASTERキートン 完全版 全12巻セット考古学のロマンと、軍事のリアリズム、そして何より人間への深い慈しみが詰まったこの傑作。一度読み始めれば、なぜこれほど多くの人が、この作品を絶滅から救おうと必死になったのかが、きっと理解できるはずです。

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