「ワンナイ」という響きを聞いて、胸が熱くなる世代も多いのではないでしょうか。
2000年代前半、フジテレビの黄金期を支えた伝説のバラエティ番組『ワンナイR&R』。宮迫博之さんや山口智充さん、ガレッジセールのゴリさんたちが生み出す強烈なキャラクターコントは、間違いなく当時の若者文化の中心にありました。
しかし、絶大な人気を誇ったはずのこの番組は、2006年に突如として幕を閉じます。
「あんなに面白かったのになぜ?」「視聴率が悪かったわけじゃないよね?」
そんな疑問を抱え続けている方のために、今回はワンナイR&Rはなぜ打ち切りになったのか、その理由と今も語り継がれる王シュレット事件の真相について、当時の時代背景とともに深く掘り下げていきます。
ワンナイR&Rという怪物的番組の功績
まず、この番組がどれほど凄かったのかをおさらいしておきましょう。
『ワンナイR&R』は、深夜枠の『ワンナイ24』からスタートしました。当初から芸人たちの圧倒的な演技力と、エッジの効いた(あるいはギリギリを攻めた)コントが話題を呼び、2002年には水曜21時のゴールデンタイムへ進出します。
この番組が生み出したキャラクターたちは、もはやお笑いの枠を超えたアイコンでした。
- ゴリエ:ガレッジセールのゴリさんが演じたチアリーダー。NHK紅白歌合戦に出場し、楽曲はオリコン1位を獲得。
- 轟さん:宮迫博之さんが演じた、筋肉隆々で異様なテンションのキャラクター。
- チョコボーイ山口:山口智充さんが演じた、セクシー男優を彷彿とさせるシュールなキャラ。
- 下衆ヤバ夫:山崎弘也さん(アンタッチャブル)による、名前通りのゲスなキャラクター。
学校へ行けば誰かがゴリエのダンスを踊り、誰かが「轟さん」の真似をしている。そんな時代がありました。しかし、その輝かしい成功の裏で、番組終了へと向かうカウントダウンは着実に始まっていたのです。
打ち切りの決定打となった「王シュレット事件」の衝撃
多くのファンが「番組終了の最大の原因」として真っ先に思い浮かべるのが、2003年に発生した通称**「王シュレット事件」**です。
これは、当時福岡ダイエーホークスの監督だったプロ野球界の至宝・王貞治氏をモチーフにしたコントでした。内容を端的に言えば、王氏の顔を模した便器(ウォシュレット)を「王シュレット」と称して紹介するという、極めて悪趣味なパロディだったのです。
この放送直後、世間からは猛烈な批判が巻き起こりました。
プロ野球ファンのみならず、国民的英雄である王氏を侮辱するような演出に対して、ダイエー球団やプロ野球機構(NPB)からも厳重な抗議が行われました。事態を重く見たフジテレビは、当時の社長が自ら謝罪に赴くという異例の事態に発展。番組は一時放送休止に追い込まれました。
この事件により、番組は「面白いけれど危ういもの」から「いつ問題を起こすかわからないリスク要因」へと、スポンサーや局内での評価が変わってしまったのです。
追い打ちをかけた「教育評論家キャラ」への批判
王シュレット事件から数年後、番組終了の直接的な引き金の一つとなったのが、2006年に放送された教育評論家・尾木直樹氏(尾木ママ)を揶揄するようなコントでした。
当時、尾木氏はまだ「尾木ママ」としてブレイクする前でしたが、番組内での扱われ方が「いじめを助長する」「特定の個人を不当に貶めている」として視聴者からBPO(放送倫理・番組向上機構)に通報される事態となりました。
当時はテレビ番組における「いじめ」の表現に対して、社会の目が急速に厳しくなっていた時期でもあります。2000年代初頭の「何をやっても許された」空気感が、急速に「コンプライアンス遵守」へとシフトしていく過渡期。
ワンナイが持つ「毒」や「過激さ」が、時代のニーズと完全に入れ替わってしまった瞬間でした。
視聴率の低下と「ゴリエブーム」の終焉
不祥事だけでなく、ビジネス的な側面でも限界が見えていました。
かつては20%近い視聴率を誇ったワンナイですが、後期には10%前後を推移するようになります。もちろん10%は決して悪い数字ではありませんが、制作費のかかる豪華なコント番組としては、コストパフォーマンスが見合わなくなっていたのです。
特に、番組の看板だった「ゴリエ」のブームが一段落したことは大きな痛手でした。キャラクターの鮮度が落ちる一方で、王シュレット事件以降、自由な表現を封じられた制作サイドは、新しいヒットキャラを生み出すのに苦戦していました。
当時の出演者たちも、次第にピンでの活動や他のレギュラー番組が増え、多忙を極めるようになります。雨上がり決死隊や山口智充さんのように、実力のある芸人が集まりすぎていたがゆえに、全員のスケジュールを合わせて密度の高いコントを撮り続けることが物理的に困難になっていったという側面もあります。
時代の変化:コンプライアンスという壁
今、当時のワンナイのDVDを見返すと、「これは今の地上波では絶対に流せない」と思うシーンが多々あります。
- 身体的な特徴を笑いの種にする演出
- 過剰な下ネタ
- 一般人や著名人への容赦ない弄り
これらは20年前、確かに「お茶の間の笑い」として成立していました。しかし、現代の価値観に照らし合わせれば、BPOの審議入りは免れないものばかりです。
ワンナイの打ち切りは、単なる一つの番組の終了ではなく、「昭和・平成初期的な破天荒なバラエティ」が終焉を迎え、「令和的なコンプライアンス重視のバラエティ」へと移行する象徴的な出来事だったと言えるかもしれません。
もし、今ワンナイのような番組を作ろうとすれば、企画の段階ですべてボツになってしまうでしょう。それほどまでに、私たちは「正しさ」を求める社会になったのです。
出演者たちのその後とワンナイの遺産
番組は2006年12月、特に大きなフィナーレを飾ることなく、レギュラー放送の枠内で静かに終了しました。
しかし、そこで培われた技術やキャラクターは、形を変えて生き残っています。
宮迫博之さんは後に自身のYouTubeチャンネルで、当時のコントへのこだわりや裏話を語ることがありますし、ガレッジセールのゴリさんも、令和の時代に「ゴリエ」を復活させ、再び若い世代から注目を集めました。
また、ワンナイR&R DVDなどの作品集を手に取れば、今でもあの頃の爆発的な熱量を感じることができます。権利関係で収録できない回も多いと言われていますが、それでも収録されているコントのクオリティは、今のバラエティにはない凄みがあります。
出演者たちが口を揃えて言うのは、「あの頃は本当に過酷だったけれど、一番楽しかった」ということです。一つのネタのために何時間もメイクをし、リハーサルを重ね、時には大バッシングを受けながらも笑いを追求した。その狂気にも似た情熱が、ワンナイという番組を伝説にしたのです。
まとめ:ワンナイR&Rはなぜ打ち切りになった?伝説の番組終了の理由と王シュレット事件の真相
あらためて振り返ると、ワンナイR&Rはなぜ打ち切りになったのか、その理由は「王シュレット事件」という決定的な不祥事、視聴率の低迷、そして何よりテレビ業界全体のコンプライアンス強化という時代の波に抗えなかったことに集約されます。
一つの時代の象徴だったからこそ、その時代の変化とともに消えていく運命にあったのかもしれません。
もし、今あの番組が復活したら……。
きっと、放送開始5分でSNSは大炎上するでしょう。でも、同時に「これこそがバラエティだ!」と歓喜するファンも少なくないはずです。
あの頃の私たちは、テレビの中の「無茶苦茶な大人たち」を見て、明日への活力を得ていました。もう地上波であのような番組が作られることは二度とないかもしれませんが、ワンナイが残した「笑いの衝撃」は、今も私たちの記憶の中に鮮烈に刻まれています。
かつての熱狂を思い出しながら、久しぶりにDVDやネットの断片的な映像で「轟さん」や「ゴリエ」に会いに行ってみるのも、悪くないかもしれませんね。
次は、あなたが当時一番笑ったあのキャラクターについて、友達と思い出話をしてみてはいかがでしょうか。

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