「仮面ライダーリバイスは打ち切りだったんじゃないか?」
特撮ファンの間で、今でも時折そんな議論が交わされることがあります。2021年から2022年にかけて放送された『仮面ライダーリバイス』は、シリーズ50周年記念作品という大きな期待を背負ってスタートしました。
結論からお伝えすると、本作は全50話を完走しており、公式に打ち切られたという事実はありません。しかし、なぜこれほどまでに「打ち切り」という言葉がネット上で飛び交うことになったのでしょうか。
そこには、異例の制作体制や、SNSでの盛り上がりが生んだ「期待と現実のギャップ」がありました。今回は、リバイスという作品が駆け抜けた1年間の裏側を、ファンの熱狂と戸惑いの両面から徹底的に紐解いていきます。
放送データが証明する「打ち切り」説の矛盾
まず最初に、冷静に数字を見てみましょう。打ち切りと言われる作品は、通常、視聴率や玩具の売上が極端に振るわず、予定よりも早く物語を終わらせざるを得なくなったものを指します。
仮面ライダーリバイスの放送実績は以下の通りです。
- 放送回数:全50話
- 放送期間:1年間(欠番なし)
令和以降の歴代作品と比較してみると、前作『仮面ライダーセイバー』が全48話、次作『仮面ライダーギーツ』が全49話です。つまり、リバイスは令和ライダーの中でもトップクラスに「話数が多い」作品なのです。
もし本当に打ち切りであれば、40話付近で物語が強引に畳まれていたはず。しかし、リバイスは最後まで放送枠を守り抜き、最終回後の後日談を描くVシネクストやスピンオフ展開も豊富に用意されていました。
ビジネス的な側面で見ても、バンダイの売上報告などでリバイスが致命的な赤字を出したという記録はありません。むしろ、仮面ライダーリバイス 変身ベルト DXリバイスドライバーをはじめとする玩具展開は、50周年記念ということもあり、序盤から非常に勢いがありました。
では、なぜ「打ち切り」というネガティブなイメージがついてしまったのか。その原因は、作品の内容そのものに隠されています。
なぜ打ち切りに見えた?終盤の急展開とファンの違和感
多くの視聴者が「打ち切りっぽさ」を感じてしまった最大の要因は、第46話でラスボスのギフを倒した後の展開にあります。
物語の根幹にいた強大な敵・ギフ。この存在を倒すために、物語の大部分が費やされてきました。しかし、その決着があっさりとしていたこと、そしてギフ撃破後に「ジョージ・狩崎」という身内のキャラクターがラスボス的な立ち位置で立ちはだかったことが、一部のファンには「本来の予定を変更したのでは?」と映ったのです。
「本当はギフともっと長く戦うはずだったのに、不評だから早めに倒して別の話を付け足したんじゃないか」
「尺が足りなくなって、無理やり終わらせたように見える」
こうした憶測がSNSで拡散され、いつしか「打ち切り」という言葉が独り歩きしてしまいました。
また、本作は非常に「ライブ感」を大切にする制作スタイルをとっていました。門田ヒロミというキャラクターが、当初は早期退場予定だったにもかかわらず、演者の小松準弥さんの熱演とファンの反響によって準主役級にまで昇格したエピソードは有名です。
こうした柔軟な変更が功を奏した部分もあれば、一方で中盤以降、特定のキャラクターの描写に時間が割かれすぎた結果、物語全体の整合性が取りづらくなった側面も否定できません。視聴者が感じた「散らかった印象」が、打ち切り特有のドタバタ感に似ていたのかもしれません。
家族愛と自己肯定:リバイスが描きたかった本当のテーマ
リバイスという作品を語る上で欠かせないのが、「家族」というテーマです。これまでの仮面ライダーが「世界を守る」という大義のために戦ってきたのに対し、リバイスは「五十嵐家という一つの家族」を守ることに焦点を当てていました。
主人公の五十嵐一輝が、自分の記憶を代償にして家族を守るという設定は、非常に切なく、重厚なドラマを生みました。相棒の悪魔バイスとの関係性も、単なる共闘相手ではなく、自分自身の「内面」との向き合いを象徴しています。
終盤の展開が個人的な喧嘩や家族の対話に終始したのも、実は「世界平和よりも、目の前の大切な家族を救う」という本作のテーマを突き詰めた結果だと言えます。
一部のファンからは「ヒーロー番組としてスケールが小さい」という声もありましたが、逆に「身近な悩みや葛藤に共感できた」という評価も根強くあります。特に、三兄妹がそれぞれの正義に悩み、時にはぶつかり合いながらも成長していく姿は、令和という時代の多角的な価値観を反映していました。
仮面ライダーリバイス キャラクターブックなどを読むと、キャストやスタッフがどれほどキャラクターに愛情を注いでいたかが伝わってきます。打ち切りどころか、彼らは自分たちの信じる「家族の形」を最後まで描き切ろうと必死だったのです。
コロナ禍という逆風の中で戦った制作陣
リバイスの放送期間中、忘れてはならないのが新型コロナウイルスの影響です。撮影現場では厳しい制限が敷かれ、大勢のエキストラを呼ぶ大規模なシーンや、濃厚接触を避けるためのアクション制限などが余儀なくされていました。
演出面でも、本来やりたかったことが100%実現できなかった可能性は高いです。例えば、デッドマンズという敵組織が中盤で崩壊し、物語の方向性が転換したのも、現場の状況に合わせた柔軟な(あるいは苦肉の)判断だったのかもしれません。
こうした制限下で、アニメーションと実写を組み合わせたバイスの演出や、CGを多用した派手なバトルなど、新しい試みに挑戦し続けた姿勢は高く評価されるべきでしょう。仮面ライダーリバイス Blu-ray COLLECTIONに収録されているメイキング映像を見ると、いかに過酷な環境でスタッフが工夫を凝らしていたかが分かります。
50周年記念作としてのリバイスの功績
リバイスは、仮面ライダー生誕50周年を祝うお祭り的な側面も持っていました。過去作へのオマージュが散りばめられ、仮面ライダーリバイス バイスタンプのモチーフが歴代ライダーになっている点も、古参ファンをニヤリとさせる仕掛けでした。
批判的な意見が目立つこともありましたが、それは裏を返せば、それだけ多くの人がこの作品に注目し、熱く語りたかったという証拠でもあります。
本作が残した最大の功績は、仮面ライダーという枠組みの中で「多面的な正義」を真っ向から描いたことです。善人である一輝の中にも悪魔(エゴ)がおり、敵対していたアギレラやオルテカにも、それぞれの悲哀がある。
勧善懲悪では片付けられない複雑な人間模様は、現代の子供たち(そして大人たち)にとっても、考えさせられるテーマだったはずです。
仮面ライダーリバイスが打ち切りと噂された理由まとめ
ここまで、リバイスを取り巻く噂と真実について掘り下げてきました。改めて整理すると、以下のようになります。
- 放送回数は全50話あり、打ち切りという事実は全くない。
- 「打ち切り」と言われた理由は、終盤の急ぎ足に見える展開や、物語の方向転換に困惑した視聴者の憶測。
- 制作側は「家族」という一貫したテーマを、ライブ感を重視しながら最後まで描き切った。
- コロナ禍という制限の中でも、50周年にふさわしい新しい挑戦を続けていた。
ネット上の批判や噂は、時として真実を覆い隠してしまいます。しかし、作品を最後までしっかり鑑賞すれば、そこに込められた熱量や、一輝とバイスが辿り着いた約束の意味が理解できるはずです。
リバイスは、決して失敗作でも打ち切り作品でもありません。家族という普遍的なテーマを、現代的な視点で大胆に切り取った、令和仮面ライダーシリーズにおける重要な野心作だったのです。
もし、まだリバイスを最後まで観ていないという方がいれば、ぜひ配信やBlu-rayでその結末を確かめてみてください。一輝が最後に選んだ道と、バイスが彼に贈った「愛」の形に、きっと心が揺さぶられるはずです。
これから先、リバイスがさらに時を経て再評価される日が来ることを願ってやみません。50周年という節目にふさわしい、騒がしくも温かい最高の「家族の物語」に、今一度注目してみてはいかがでしょうか。

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