「水曜どうでしょう、最近テレビでやってないけど打ち切りになったの?」
「あんなに人気があったのに、なぜ急にレギュラー放送が終わったんだろう……」
北海道が生んだ怪物番組『水曜どうでしょう』について、そんな疑問を抱いている方は少なくありません。大泉洋さんが今や日本を代表する名俳優となり、紅白歌合戦の司会まで務めるようになった今だからこそ、当時の「突然の終了」が不可解に感じるのも無理はないでしょう。
しかし、結論からお伝えします。
『水曜どうでしょう』は決して打ち切りではありません。
むしろ、番組を「一生続けていくため」の、極めて前向きで戦略的な「休止」だったのです。なぜ彼らは絶頂期にレギュラー放送という座を捨てたのか。その裏側に隠された、テレビ業界の常識を覆す驚きの真実と、今なお愛され続ける理由を徹底的に紐解いていきましょう。
なぜ「打ち切り」という噂が流れたのか?
まず、なぜこれほどまでに「打ち切り」というワードが検索されるのかを考えてみましょう。
通常、テレビ番組が終了する理由は「視聴率の低迷」「スポンサーの撤退」「出演者の不祥事」などが一般的です。2002年9月、水曜どうでしょうが「原付ベトナム縦断」をもってレギュラー放送を終了した際、番組の人気はまさにピーク。北海道内では深夜枠にもかかわらず視聴率20%を超えることも珍しくありませんでした。
それほどの人気番組が、物語の途中のような空気感で(実際にはベトナムで感動のゴールを迎えましたが)「レギュラー放送を終わります」と宣言したのですから、事情を知らない視聴者が「何かトラブルがあったのでは?」「打ち切られたのでは?」と推測してしまうのは、ある意味で自然な反応だったと言えます。
しかし、この番組の司令塔である藤村忠寿ディレクター(藤村D)と嬉野雅弘ディレクター(嬉野D)、そしてリーダーの鈴井貴之さん(ミスター)の考えは、もっと先の未来を見据えていました。
レギュラー放送を終了させた「3つの真実」
彼らが自ら「レギュラー」という枠を外したのには、大きく分けて3つの理由があります。
1. 番組のクオリティを死守するための「枯渇」への恐怖
テレビ番組のレギュラー放送とは、毎週決まった時間に30分の枠を埋め続ける作業です。しかし、『水曜どうでしょう』のスタイルは、数日間の過酷なロケを敢行し、それを何週分かに分けて放送する「旅番組」の体裁をとっていました。
放送が続けば続くほど、企画はどんどん過激になり、移動距離は伸びていきます。藤村Dは当時の心境をこう語っています。「このまま毎週の放送を維持するために、無理やり企画をひねり出し続けたら、いつかこの番組はつまらなくなって死んでしまう」と。
「面白いものだけを届けたい。惰性で作りたくない」
この職人気質なこだわりが、人気絶頂での幕引きを選ばせた最大の理由です。あえて「毎週放送する」という義務を捨てることで、一回一回の企画の純度を高める選択をしたのです。
2. 大泉洋の全国区進出とスケジュールの限界
番組開始当初、大学生だった大泉洋さんも、2002年頃には全国放送のドラマや舞台に引っ張りだこの存在になっていました。
『水曜どうでしょう』の海外ロケには、最低でも1週間から10日間の拘束が必要です。深夜バスに揺られ、原付で走り続ける過酷な旅に、超多忙なスケジュールを縫って参加し続けることは物理的に困難になっていきました。また、企画立案者である鈴井貴之さんも、映画監督としての活動を本格化させたいという夢を持っていました。
「無理をしてメンバーを揃えるのではなく、全員がやりたい時に、最高のコンディションで集まれる場所として番組を残したい」
この想いが、レギュラー放送から「数年に一度の新作放送」という現在のスタイルへの移行を後押ししました。
3. 「一生どうでしょうします」という経営戦略
実は、レギュラー放送終了はビジネス的な視点でも大成功を収めています。
番組は終了しても、過去の傑作選である『水曜どうでしょうリターンズ』や『水曜どうでしょうClassic』が各地で放送され続けました。これにより、常にどこかのチャンネルで「どうでしょう」が流れている状態が作られ、新規ファンが絶え間なく流入する仕組みが出来上がったのです。
さらに、放送枠に縛られないことで、DVD制作に膨大な時間を割くことが可能になりました。副音声での裏話収録や未公開シーンの追加など、ファンが喜ぶ要素を詰め込んだ水曜どうでしょう DVDシリーズは、累計出荷数数百万枚という驚異的なヒットを記録。
地上波の広告収入に頼るモデルから、コンテンツそのものの価値で稼ぐモデルへの転換。これが、彼らが宣言した「一生どうでしょうします」を実現させるためのリアルな基盤となりました。
「一生どうでしょうします」に込められた魔法
2002年9月の最終回。ベトナムのホーチミンでゴールした際、画面に大きく映し出されたのは「一生どうでしょうします」という言葉でした。
普通の番組であれば「ご視聴ありがとうございました」で終わるところですが、彼らは「これからもずっと、あなたたちの前に現れ続けますよ」と約束したのです。この言葉が、ファン(通称:藩士)たちの心をどれほど救ったことか。
この宣言通り、レギュラー終了後も数年おきに新作が制作されています。
- 2003年:プチ復活!ジャングル・リベンジ
- 2005年:激闘!西表島
- 2007年:ヨーロッパ20ヵ国完全制覇の旅
- 2011年:原付日本列島制覇
- 2013年:初めてのアフリカ
- 2019年:北海道にて、2020年:21年目のヨーロッパあなぐら生活
- 2023年:懐かしの西表島
このように、彼らは忘れた頃にふらっと集まり、相変わらずの罵り合いとボヤきを見せてくれます。視聴者は、大泉さんがどれだけ大スターになっても、この番組の中にだけは「あの頃のままの大泉くん」がいることに安心感を覚えるのです。
ネット配信時代の到来と、さらに広がる「どうでしょう」の輪
現在、水曜どうでしょうの楽しみ方はテレビだけにとどまりません。
NetflixやABEMA、公式動画配信サービス「hod」などで過去作が手軽に視聴できるようになり、リアルタイムで放送を見ていなかった10代、20代の若いファンが急増しています。SNSでは今でも名台詞がミームとして使われ、どうでしょうキャラバンといったイベントには数万人のファンが集まります。
もはや一つの「番組」という枠を超え、一つの「コミュニティ」や「生き方」に近い存在になっていると言えるでしょう。
また、公式YouTubeチャンネルでは、藤村Dと嬉野Dが日常的に生配信を行い、番組の裏話や新作の進捗を報告しています。テレビマンが自らインフルエンサーのようにファンと交流するスタイルは、現代のYouTube時代の先駆けとも言える動きでした。
まとめ:水曜どうでしょうは打ち切り?レギュラー放送が終了した本当の理由と復活の真相を解説
いかがでしたでしょうか。
水曜どうでしょうは打ち切り?レギュラー放送が終了した本当の理由と復活の真相を解説というテーマでお届けしてきましたが、その答えは「終わらせないために、終わらせた」という、非常に愛に溢れたものでした。
- クオリティ維持: マンネリを防ぎ、面白いものだけを届けるため。
- メンバーの成長: 大泉洋さんや鈴井さんの活躍を尊重し、持続可能な形にするため。
- 新たな形態への進化: DVDや配信、再放送を通じて、永遠に色褪せないコンテンツにするため。
もしあなたが、最近どうでしょうを見ていなかったのなら、ぜひ最新の水曜どうでしょう 新作をチェックしてみてください。そこには相変わらず、ディレクターと出演者が小競り合いを演じ、カブで走り続ける「変わらない景色」があるはずです。
彼らは今も、そしてこれからも、私たちの日常のどこかで「一生どうでしょう」し続けてくれるのです。
次はどんな旅で、私たちを笑わせてくれるのでしょうか。新作の噂が流れるたびに、日本中の藩士たちがソワソワし始める……そんな幸せな関係は、まだまだ終わる気配がありません。

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