『ジョジョの奇妙な冒険』という長い物語の中で、読者に最も大きな衝撃を与えた「裏切り」といえば誰を思い浮かべますか?
多くのファンが、第2部「戦闘潮流」の冒頭で豹変したあの男、ストレイツォの名を挙げるはずです。第1部では主人公ジョナサンの心強い味方であり、誠実な波紋使いだった彼が、なぜあそこまで無惨に、そして徹底的に「悪」へと染まってしまったのか。
今回は、ストレイツォが抱えていた「老いへの恐怖」と、彼独自の美学、そして吸血鬼化を選んだ真意について、深掘りして考察していきます。これを読めば、彼が単なる悪役ではなく、極めて人間臭い悲劇の武人であったことが見えてくるはずです。
波紋の達人が選んだ「地獄への道」とその衝撃
第1部「ファントムブラッド」において、ストレイツォはトンペティ率いる波紋一族の精鋭として登場しました。ダイアー、ツェペリといった偉大な波紋使いと共に、ディオ率いる屍生人(ゾンビ)を次々と葬り去る姿は、まさに正義の体現者そのものでした。
しかし、第2部の幕開けとともに、その評価は一変します。50年の時を経て、スピードワゴン財団が発見した「柱の男」と石仮面を前にした彼は、長年の友人であったスピードワゴンを惨殺(未遂)し、自ら石仮面を被って吸血鬼となったのです。
この変貌がなぜこれほどまでに読者の心をざわつかせたのか。それは、彼が「誘惑に負けた」というよりも、50年間ずっと、心の奥底で「あるひとつの恐怖」を飼い慣らしていたことが判明したからです。
老いという名の絶望:なぜ波紋では不十分だったのか
ストレイツォを語る上で避けて通れないのが、彼が抱いていた「老化」に対する異常なまでの忌避感です。
波紋法を極めた者は、肉体の若さを常人よりも遥かに長く保つことができます。リサリサが50代でありながら20代のような美貌を保っていたのが良い例です。しかし、波紋はあくまで「老化を遅らせる技術」であって、「不老」ではありませんでした。
ストレイツォは、師であるトンペティが老いさらばえて死んでいく姿を間近で見てきました。また、自分自身の肉体も、どんなに波紋で練り上げても確実に一歩ずつ死へと近づいている事実に耐えられなかったのです。
彼にとって、肉体の衰えは「技のキレ」が失われること以上に、自分の存在意義そのものが崩壊していくような感覚だったのかもしれません。ディオが手に入れた「不老不死」の輝き。それは、波紋という「生のエネルギー」を極めた男だからこそ、逆説的に強く惹きつけられてしまう禁断の果実だったのです。
「このストレイツォ、容赦せん!」に込められた冷徹な覚悟
吸血鬼化したストレイツォがジョセフ・ジョースターと対峙した際、言い放ったのがこの名セリフです。
この言葉には、彼の並々ならぬ覚悟が詰まっています。彼は自分が「悪」に堕ちたことを誰よりも理解していました。だからこそ、かつての仲間の孫であるジョセフに対しても、一切の手加減や情けをかけない。中途半端な悪ではなく、徹底した悪として振る舞うことで、自らの決断にケリをつけようとしたのです。
彼はスピードワゴンを襲った際にも「私は地獄へ行くつもりだ」と語っています。自分が天国へ行ける人間ではないことを自覚し、それでもなお「若さ」という美学を貫き通す。その姿勢は、ある意味で非常にストイックであり、彼なりの「誠実さ」であったとも解釈できます。
吸血鬼×波紋使い:作中屈指のハイブリッドな強さ
もしストレイツォが、ジョセフという「予測不能な天才」に出会わなければ、彼は第2部における最強の存在になっていた可能性があります。
彼はディオが持っていた吸血鬼の身体能力に加え、波紋の原理を完璧に理解していました。吸血鬼の弱点が波紋であることを誰よりも知っている吸血鬼。これほど厄介な敵はいません。
彼はサティポロジア・ビートルの糸で編んだマフラーを使い、波紋を無効化する策を講じていました。さらに、ディオの必殺技である「空裂眼刺驚(スペースリーパー・スティンギーアイズ)」を、修行によって練り上げられた精神力で制御し、ジョセフを極限まで追い詰めました。
これほどの戦略家が「容赦せん」という精神で襲ってくる恐怖。ジョセフが機関銃(モデルガンのような装備)を持ち出して対抗せざるを得なかったのも、正攻法では勝てない相手だったからに他なりません。
最後に選んだ「波紋使い」としての死
ストレイツォの最期は、敗北を認めた後に自らの体内で波紋を練り、自決するというものでした。
吸血鬼にとって波紋は猛毒です。それを自ら発生させて死ぬという行為は、彼が最後の最後で「吸血鬼」としてではなく、かつての自分である「波紋使い」として幕を引いたことを意味しています。
醜く老いていく自分を許せず、石仮面の力で若さを取り戻した。しかし、その代償として人間性を捨てた。そして最後は、若いままで、自らの誇りであった波紋によって消滅する。
この一連の流れは、非常に独善的ではありますが、ひとつの完成された美学を感じさせます。彼は「老い」という病に打ち勝つために悪に手を染め、その目的を達した瞬間に、自らピリオドを打ったのです。
まとめ:ジョジョのストレイツォはなぜ闇落ちした?老いへの恐怖と美学を徹底考察!
ストレイツォの「闇落ち」は、単なる裏切りという言葉では片付けられない、人間の根源的な弱さと美への執着が混ざり合ったものでした。
彼は自分の弱さを誰よりも理解し、その弱さを克服するために、あえて地獄へと足を踏み入れました。その結果としてジョセフに敗れはしましたが、彼がジョジョシリーズに残したインパクトは計り知れません。
「老い」という誰もが逃れられない恐怖に対して、真っ向から抗い、そして散っていったストレイツォ。彼の生き様を振り返ると、ジョジョのメインテーマである「人間讃歌」の深みがより一層増して感じられます。
次は、彼が愛弟子として育てたリサリサが、どのような思いで彼の最期を聞いたのか、そのあたりを想像しながら原作を読み返してみるのも面白いかもしれませんね。
あなたは、ストレイツォの「若さへの執着」を否定できるでしょうか?それとも、どこか共感してしまう部分があるでしょうか。
もし、ジョジョの世界観をもっと深く体験したいなら、ジョジョの奇妙な冒険 第2部を読み返して、彼の細かな表情やセリフの機微を改めてチェックしてみてください。

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