ジョジョ「よーしよしよし」の元ネタは何話?チョコラータとセッコの異常な絆を徹底解説

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「よーしよしよしよしよしよし……」

このフレーズを聞いただけで、脳内にあの不気味なメロディと、狂気に満ちた光景が浮かぶ方は多いのではないでしょうか。ジョジョの奇妙な冒険、通称「ジョジョ」の第5部において、もっともインパクトがあり、かつ「生理的な嫌悪感」と「妙なクセになるリズム」を両立させた名シーン。それがチョコラータによるセッコへの「よしよし」です。

ネット掲示板やSNS、あるいは動画サイトのコメント欄でも頻繁に見かけるこのネタ。しかし、実際に原作の何巻で、アニメの第何話で、どのような文脈で放たれた言葉なのか、詳細まで把握している人は意外と少ないかもしれません。

今回は、ジョジョ史上最凶のゲスコンビと称されるチョコラータとセッコの関係性にスポットを当て、あの「よしよし」の正体を徹底的に解剖していきます。


ジョジョ「よーしよしよし」の元ネタは何話?

まずは結論から。このあまりにも有名なシーンが登場するのは、ジョジョの奇妙な冒険 第5部「黄金の風」の終盤です。

  • 原作漫画(コミックス): 第61巻「グリーン・ディとオアシス その①」から
  • TVアニメ: 第30話「チョコラータとセッコ」

物語がいよいよクライマックス、舞台がローマへと移る直前のヘリコプター内での出来事です。主人公のジョルノ・ジョバァーナたちがボスの娘・トリッシュを連れて移動する中、ボスの親衛隊として送り込まれたのがチョコラータとセッコでした。

このシーンは、チョコラータが自分のスタンド「グリーン・ディ」の能力を最大限に発揮させるため、相棒であるセッコをヘリから地上へと送り出す直前の「激励」として描かれています。


チョコラータとセッコ、二人の異常な関係性

ジョジョの世界には魅力的な悪役が多数登場しますが、この二人に関しては「純粋な悪」というよりも「生理的なおぞましさ」が際立っています。

殺人狂の元医師:チョコラータ

チョコラータは、かつて医師でありながら、健康な人間にあえて「病気」だと嘘をついて手術をし、麻酔を途中で切って死にゆく様を観察するという、救いようのないサイコパスです。彼のスタンド「グリーン・ディ」は、低い位置に移動した生物を強制的に腐らせる「カビ」を撒き散らすという、無差別かつ広範囲な殺戮能力を持ちます。

忠実な「ビデオ係」:セッコ

一方のセッコは、常に全身タイツのような不気味なスーツ(スタンド「オアシス」)を纏い、地面を泥のように変えて潜行する能力者。彼は言葉をまともに話さず、奇声を上げたり、ビデオカメラでチョコラータの殺戮現場を撮影したりすることに執着しています。

この二人の関係を一言で表すなら「飼い主とペット」です。しかし、そこにあるのは温かい愛情ではなく、お互いの狂気を利用し合う、極めて歪んだ共依存の形でした。


あの「よしよし」のシーンを詳しく分析

「よーしよしよし」のシーンは、単に頭を撫でているだけではありません。そこには、チョコラータの支配欲と、セッコの特異な身体能力が複雑に絡み合っています。

異常なまでの連呼とハンドスピード

チョコラータは、セッコの働きを褒める際、人間とは思えないスピードで「よしよしよしよしよしよし……」と連呼しながら頭を撫で回します。アニメ版では、声優・宮内敦士さんの怪演も相まって、そのリズムが非常に耳に残る仕上がりになっています。

ご褒美は「角砂糖」

さらに特徴的なのが、褒めた後の「ご褒美」です。チョコラータはポケットから角砂糖(アニメでは飴や小袋入りの何かのように見える描写)を取り出し、空中に放り投げます。

それをセッコが、超人的な動体視力と反射神経で、空中でパクりと口に受ける。この一連の流れが、まさに訓練された犬とその飼い主そのものであり、読者に強烈な違和感と恐怖を植え付けました。


なぜ「よしよし」はここまでネタにされるのか?

このシーンが、連載終了から20年以上経った今でも語り草になっているのには理由があります。

  1. 生理的な不快感の完成度ジョジョの作者・荒木飛呂彦先生は、読者が「こいつだけは許せない」と思うような悪役を描く天才ですが、チョコラータはその筆頭です。その彼が、唯一心を開いている(ように見える)セッコに対して行うスキンシップが、あまりにも異常だったため、記憶にこびりつくのです。
  2. 音の響きの面白さ「よしよし」という本来は優しいはずの言葉を、マシンガンのように連打するギャップ。これがネットミームとして非常に使いやすく、シュールな笑いを生む素材となりました。
  3. その後の「無駄無駄ラッシュ」への伏線この不快なやり取りを散々見せつけられた読者は、フラストレーションが溜まります。そのストレスを、後にジョルノが「7ページにわたる無駄無駄ラッシュ」で爆発させてくれる。このカタルシスを得るための、最高のスパイスが「よしよし」だったのです。

セッコの豹変と、チョコラータの最期

「よしよし」を繰り返していた二人の絆は、最後にあっけなく崩れ去ります。

チョコラータがジョルノに敗北し、命を落としたことを知ったセッコは、それまでの従順な態度を180度変えます。

「あいつ、死んだのか。弱かったんだな、アイツ」

「尊敬してたのは、アイツが強かったからだ」

ビデオカメラを地面に投げ捨て、チョコラータを罵倒するセッコの姿は、彼らの関係が「愛」ではなく「力の崇拝」であったことを残酷に証明しました。チョコラータは死の間際、セッコに宛てたメッセージで「愛している」という言葉を遺していましたが、それは一方通行なエゴに過ぎなかったのかもしれません。


日常で「よしよし」を意識して楽しむ方法

もし、あなたが日常で何かを成し遂げた友人や、あるいはペットを褒める機会があれば、少しだけチョコラータの気持ちになって「よーしよしよし」と言ってみるのも一興です。ただし、相手がジョジョ好きでなければ、ただの不審者になってしまうので注意が必要です。

また、あの独特のリズム感を再現したいなら、ぜひジョジョの奇妙な冒険 第5部 ブルーレイをチェックして、アニメ版のスピード感を体感してみてください。声優さんの演技の凄まじさが、あのシーンを「伝説」に昇華させたことがよく分かります。


まとめ:ジョジョ「よーしよしよし」の狂気と魅力

ジョジョの第5部において、チョコラータとセッコが繰り広げた「よしよし」の儀式。それは、単なる悪役の奇行という枠を超え、作品のテーマである「黄金の精神」と対極に位置する「漆黒の意志」を象徴するシーンでした。

  • 元ネタは原作61巻、アニメ30話
  • 殺人狂同士の歪んだ共依存の証
  • ご褒美の角砂糖と、後の裏切りがセットで語られるべき

この記事を通して、あのシーンの奥深さ(とおぞましさ)を再確認できたでしょうか。ジョジョという作品は、こうした細かなやり取り一つひとつに、キャラクターの人生観が凝縮されています。

もう一度あのシーンを見返すと、セッコの投げ捨てたビデオカメラの中に、どんな地獄が映っていたのかを想像してしまい、背筋が少し寒くなるかもしれません。

ジョジョ「よーしよしよし」の元ネタは何話?チョコラータとセッコの異常な絆を徹底解説しました。次に誰かを褒める時は、角砂糖を用意してみるのもアリかもしれませんね。


次は、チョコラータを完膚なきまでに叩きのめした「7ページにわたる無駄無駄ラッシュ」の詳細について深掘りしてみましょうか?

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