『ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流』を語る上で、避けては通れない悲劇のキャラクターがいます。その名はマルク。彼は物語の序盤に登場し、あっという間に退場してしまった青年ですが、読者の心に刻まれたインパクトは主役級と言っても過言ではありません。
「ジョジョのマルクってどんなキャラだったっけ?」「どうしてあんなに悲惨な死に方をしたの?」そんな疑問を持つ方に向けて、今回はマルクという男の生涯と、彼が物語に残したあまりにも大きな爪痕について深掘りしていきます。
シーザーの親友、マルクという「普通」の青年
マルクは、第2部の準主人公であるシーザー・アントニオ・ツェペリの親友として登場しました。職業はドイツ軍の青年将校。といっても、シュトロハイムのような過激な選民思想を持っている様子はなく、シーザーいわく「仕事に一生懸命なだけの、ごく普通のいい奴」でした。
彼の初登場シーンは、イタリアのローマ。ジョセフ・ジョースターとシーザーが出会い、反目し合いながらも行動を共にし始めた頃です。マルクは軍用車を運転し、二人を「柱の男」が眠る地下遺跡へと案内する役割を担っていました。
ここで語られたマルクのプライベートが、後の悲劇をより際立たせます。彼はなんと、翌週に結婚を控えていたのです。シーザーが女の子をナンパするのを手伝った縁で知り合った女性と、幸せな家庭を築くはずでした。ジョジョファンなら誰もが「あ、これは危ない……」と察してしまう、教科書通りの「死亡フラグ」を立ててしまった瞬間でした。
衝撃の最期:ワムウとの接触と「捕食」の恐怖
地下遺跡に到着した一行を待っていたのは、数千年の眠りから目覚めた「柱の男」たちでした。ワムウ、カーズ、エシディシ。彼らがいかに人類を超越した存在であるかを示すための「生贄」となってしまったのが、他ならぬマルクでした。
遺跡の階段を上ってきたワムウに対し、マルクは道を空けようと接触を避けようとしました。しかし、ワムウは止まりません。ただ歩いているだけ、ただ通り過ぎるだけ。それなのに、ワムウの体がマルクの体に触れた瞬間、恐ろしい現象が起きました。
マルクの体の左半分が、まるで最初から存在しなかったかのように削り取られ、吸い込まれてしまったのです。「柱の男」の細胞は他の生物を食らう消化酵素のような性質を持っており、彼らにとって人間は、歩きながら摂取できる「スナック菓子」程度の存在でしかありませんでした。
この時、マルクは自分が攻撃されたことすら気づかないほどの速度と無慈悲さで、生命の半分を奪われたのです。
シーザーの手による安楽死と、受け継がれた怒り
体の半分を失いながらも、マルクは即死しませんでした。それが逆に、彼にとっての最大の地獄となりました。内臓が露出し、激痛と恐怖に震える中で、彼は親友であるシーザーにすがります。
「シーザー……殺してくれ……痛くてたまらないんだ……」
この時、シーザーが流した涙と、彼が下した決断は、第2部における屈指の名シーンです。シーザーはマルクの体を抱きしめ、心臓に「波紋」を流し込みました。それは敵を倒すための武器ではなく、親友の苦しみを取り除くための、せめてもの情けとしての安楽死でした。
「マルク……。おまえは、ただ一生懸命生きていただけなのに……。それだけのことだったのに……!」
このシーザーの叫びこそ、読者の気持ちを代弁するものでした。特別な力を持たず、ただ愛する人と結ばれるために真面目に生きていた青年が、あまりにも理不尽に命を散らす。このマルクの死によって、シーザーの戦いは「一族の使命」から「親友の仇討ち」という、より個人的で熱い情熱へと変わっていったのです。
なぜマルクの死はこれほどまでに語り継がれるのか
ジョジョには多くの死亡シーンがありますが、マルクの死が特別なのは「徹底的な無慈悲さ」が描かれたからです。
ワムウにとって、マルクを殺すことに悪意はありませんでした。人間が歩く時にアリを踏み潰しても気づかないように、ワムウにとってもマルクの命はその程度の価値しかなかった。この「絶対的な強者と弱者の差」を、マルクという善人の死を通じて描いた荒木飛呂彦先生の演出は、今見返しても背筋が凍るものがあります。
また、ネット上では「世界一有名な噛ませ犬」や「フラグ回収のプロ」としてネタにされることもありますが、それも彼が読者に愛され、その死を惜しまれているからこその反動だと言えるでしょう。
ジョジョの奇妙な冒険 第2部を読み返すと、マルクが登場してから退場するまでの短さに驚かされます。しかし、その短い出番の中で、彼は物語のギアを一段階上げ、後に続くシーザーの壮絶な生き様への伏線を見事に作り上げました。
悲劇を越えて:マルクが物語に与えた影響
もしマルクが死んでいなければ、シーザーはあそこまで必死にワムウを追わなかったかもしれません。ジョセフもまた、目の前で失われた命の重みを肌で感じ、修行に身を入れる決意を固めることはなかったでしょう。
マルクの死は、読者に「この物語の敵は、これまでのディオとはまた違う、根源的な恐怖の対象である」ということを知らしめました。そして、名もなき(正確には名前はあるけれど、戦士ではない)一人の青年の死を悼むシーザーの姿を通じて、ツェペリ一族の「人間讃歌」の精神がより色濃く表現されたのです。
今、改めて彼の最期を振り返ってみると、彼が遺したものは単なる悲しみだけではなく、後に続く戦士たちの「覚悟」の種だったことが分かります。
ジョジョのマルクはなぜ死んだ?シーザーとの絆や名シーン、悲劇の最期を徹底解説!のまとめ
マルクというキャラクターは、ジョジョの歴史の中でも非常に特殊なポジションにいます。戦闘能力は一切なく、物語の本筋に直接関与するわけでもありません。しかし、彼の死がなければ、第2部のあの熱量は生まれませんでした。
「翌週に結婚する」という夢を抱いたまま、ただ道を歩いていただけで命を奪われたマルク。彼の悲劇は、ジョジョが描く「運命の過酷さ」と、それに立ち向かう「人間の気高さ」を象徴しています。
もしあなたがこれからジョジョを読み返す、あるいは初めて観るというのであれば、ぜひマルクという青年が放った一瞬の輝きに注目してみてください。彼の存在があったからこそ、シーザーの「シャボン玉のように華麗で儚き人生」がより一層、私たちの心に深く刻まれることになったのです。
ジョジョの世界において、無駄な命など一つもありません。マルクの最期は、まさにそのことを証明する重要なエピソードだったと言えるでしょう。
今回紹介したエピソードを胸に、ぜひジョジョの奇妙な冒険の深い世界観に浸ってみてください。マルクの思いは、シーザー、そしてジョセフへと確実に受け継がれていったのですから。

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