ジョジョ第1部のラグビーシーンを徹底解説!ジョナサンとディオの絆と対比の重要性

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「ジョジョの奇妙な冒険」という壮大なサーガの幕開け、第1部「ファントムブラッド」。その物語の序盤で、私たちの心に強烈な印象を残すスポーツシーンがあります。それが、大学時代のジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーが同じチームで戦う「ラグビー」の試合です。

一見すると、青春の1ページのような爽やかな光景。しかし、この数分間の描写には、その後の二人の運命を決定づける重要なメタファー(暗喩)がこれでもかと詰め込まれています。なぜ荒木飛呂彦先生は、数あるスポーツの中からラグビーを選んだのか。そして、あの泥まみれのフィールドで何が表現されていたのか。

今回は、ジョジョファンなら避けては通れない「ラグビーシーン」の深層に迫ります。

なぜ19世紀のイギリスで「ラグビー」だったのか

物語の舞台は1888年のイギリス。産業革命を経て帝国としての黄金期を謳歌していたこの時代のイギリスにおいて、スポーツは単なる娯楽ではありませんでした。特にパブリックスクールや大学において、スポーツは「ジェントルマン」を育成するための重要な教育課程だったのです。

当時のエリートたちが嗜んだスポーツといえば、クリケットやボート、そしてフットボール(後のサッカーとラグビーの分化期)です。その中でラグビーが選ばれたのには、明確な理由があると考えられます。

ラグビーは「野蛮な人間がやる紳士のスポーツ」とも称されます。激しい肉体のぶつかり合いがありながらも、審判の裁定を絶対とし、試合が終われば敵味方なく称え合う「ノーサイド」の精神。これこそが、ジョナサンが目指す「真の紳士」のあり方を試す絶好の舞台だったわけです。

また、ジョジョの奇妙な冒険 第1部を読み返すと、当時のイギリス社会の階級意識が色濃く反映されていることがわかります。ディオのような野心家が上流階級に食い込むためには、勉強ができるだけでなく、スポーツでリーダーシップを発揮することが最短ルートでした。ラグビーでの活躍は、彼が「ジョースター家の養子」として完璧に社会に適合していることを証明するパフォーマンスでもあったのです。

ジョナサンとディオ:対照的なプレースタイルが示すもの

試合中、実況や観客は「二人がいればヒュー・ハドソン校は無敵だ」と喝采を送ります。しかし、二人のプレー内容は驚くほど対照的です。

猪突猛進するジョナサンの「剛」

ジョナサンのプレースタイルは、まさに「重戦車」です。相手ディフェンスが3人がかりでタックルに来ても、それを引きずったままゴールラインを目指して突き進む。この描写は、後の「波紋修行」や、どれほど絶望的な状況でも諦めない彼の精神的なタフネスを視覚的に予兆しています。

彼は小細工を一切しません。ただ愚直に、真っ向から困難を打ち破ろうとします。この「甘さ」とも取れるほどの誠実さが、ジョナサン・ジョースターという男の核なのです。

冷静沈着に場を支配するディオの「柔」

一方でディオは、フィールド全体を俯瞰する司令塔のような動きを見せます。彼は自分が最も輝くタイミングを知っており、ジョナサンを「道具」として利用することに躊躇がありません。

ジョナサンが泥臭く敵を引きつけて道を作った瞬間、ディオは鮮やかなパスワークと身のこなしで得点を奪います。観客から見れば、ディオこそが華やかで知的なヒーローに見えたことでしょう。しかし、その内面にあるのはジョナサンへの深い憎悪と、「利用してやる」という冷徹な計算です。この「外見の完璧さ」と「内面の邪悪さ」のギャップこそが、ディオ・ブランドーという悪のカリスマの魅力なのです。

「二人で一人」という奇妙な共同関係の皮肉

このラグビーシーンで最も象徴的なのは、二人のコンビネーションです。ディオがパスを出し、ジョナサンが突っ込む。この完璧な連携は、傍目には深い信頼関係に基づいたものに見えます。

しかし、実際にはディオがジョナサンの能力を最大限に引き出し、自分の手柄に繋げているだけです。この「利用する者」と「利用される者」という歪な関係性は、第1部の結末、そして第3部へと続く「ジョナサンの肉体を奪ったディオ」という展開への強烈な伏線になっています。

物理的に二人の肉体が一つになる前から、彼らはラグビーというスポーツを通じて、すでに「二人で一人」の完成されたユニットとして機能していたのです。それは決して友情などではなく、運命という名の鎖で繋がれた共依存に近い関係でした。

試合後の更衣室で、ディオがジョナサンの父・ジョースター卿からの手紙を読み上げるシーンを覚えていますか?あそこでディオは「良き友人」を演じながら、内心ではジョースター家を乗っ取る計画を着々と進めていました。ラグビーで見せたあの華麗なパスは、ジョナサンの信頼を勝ち取るための「偽りの贈り物」だったのです。

身体能力の描写:吸血鬼化へのプロローグ

また、純粋にアクションシーンとしての側面も見逃せません。荒木飛呂彦先生が描くラグビーは、筋肉の躍動感や、人体が耐えうる限界の描写に満ちています。

ジョナサンが人間離れしたパワーで相手をなぎ倒すシーンは、彼が特別な血統(ジョースターの血)の持ち主であることを読者に分からせます。この圧倒的なフィジカルがあったからこそ、後にディオが石仮面を被って吸血鬼となった際、その脅威がより際立つのです。

「あんなに強かったジョナサンが、指一本で押し返されるのか……」

読者にそう思わせるための比較対象として、ラグビーでの超人的な活躍は不可欠な演出でした。さらに、ディオの身軽さや反射神経も、吸血鬼としての高い適性を予感させるものでした。もし彼らがラグビーをしていなければ、第1部のバトルはこれほどまでの説得力を持たなかったかもしれません。

アニメ版で補完された「色」と「音」の演出

ジョジョの奇妙な冒険 第1部 Blu-rayなどでアニメ版を視聴すると、ラグビーシーンの演出がさらに強化されていることに気づきます。

飛び散る泥、激しい呼吸音、そして何より「色」の使い分けです。ジョナサンの周囲にはどこか温かみのある、あるいは泥臭い色彩が配されるのに対し、ディオがボールを持つ瞬間、画面のコントラストが鋭くなり、彼の冷徹さが際立つような演出がなされています。

また、アニメ第2話でのこのシーンは、幼少期の凄惨なエピソード(ダニーの件やエリナとの初恋の蹂躙)から数年が経過し、一見すると「平和な日常」を取り戻したかのような錯覚を視聴者に与えます。その直後に待っている薬物による毒殺計画という闇の深さを、ラグビー場の青空と緑の芝生がより一層引き立てているのです。

現代の視点で見る「ジョジョとラグビー」の面白さ

現代においてラグビーは、2019年のワールドカップ以降、日本でも非常にポピュラーなスポーツになりました。今改めてジョジョのラグビーシーンを読み返すと、「あ、これはスタンドオフのような動きだな」「この突破力はナンバーエイトだ」といった、競技的な視点での楽しみ方も生まれています。

しかし、どれほどルールや戦術を理解したとしても、やはりこのシーンの本質は「人間ドラマ」にあります。

ジョナサンは、ディオが自分を陥れようとしていることを心のどこかで感じながらも、フィールドの上では彼を信じて走ります。それは彼が甘いからではなく、それが「紳士としての誇り」だからです。一方でディオは、その誇りさえも嘲笑いながら、勝利という果実だけを摘み取ります。

この精神性の乖離こそが、後に「黄金の精神」と「漆黒の意志」として対立していく二人の原点なのです。

まとめ:ジョジョ第1部のラグビーシーンを徹底解説!ジョナサンとディオの絆と対比の重要性

ジョジョ第1部におけるラグビーシーンは、単なる日常の描写ではありません。それは、ジョナサンとディオという二人の天才が、限られたルールの中で自らの本性をさらけ出した「戦場」でした。

  • ジョナサンの「剛」: 泥臭く、誠実に、困難を突き進む不屈の精神。
  • ディオの「柔」: 冷徹に、優雅に、周囲を駒として操る支配欲。
  • 二人の関係性: 完璧なコンビネーションの裏に潜む、奪う者と奪われる者の運命。

このスポーツシーンがあるからこそ、その後の石仮面を巡る血の惨劇が、より重厚な悲劇として私たちの胸に迫るのです。次にジョジョの奇妙な冒険 文庫版を手に取るときは、ぜひこのラグビーの試合に注目してみてください。二人の足跡が刻まれたそのフィールドに、物語のすべてが凝縮されていることに気づくはずです。

ジョナサンの流した汗と、ディオが浮かべた不敵な笑み。その対比の中に、ジョジョという物語の真髄が隠されているのです。

ぜひ、あなたもこの機会に第1部を読み返し、二人の「奇妙な友情」の始まりを再確認してみてください。

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