『ジョジョの奇妙な冒険 第8部 ジョジョリオン』を読み終えた時、多くの読者が抱く圧倒的な絶望感。その中心にいるのが、スタンド「ワンダー・オブ・U」が操る「厄災」という概念です。
これまでのシリーズに登場した「時間停止」や「運命の上書き」とは一線を画す、あまりにも不条理で回避不能なこの力。今回は、物語の根幹を揺るがした厄災の本質と、最強の敵をいかにして打ち破ったのか、その詳細を徹底的に紐解いていきます。
逃げ場のない絶望。ワンダー・オブ・Uが操る「厄災」の理不尽さ
ジョジョリオンの終盤、東方定助たちの前に立ちはだかった最大最凶の障壁。それが「厄災」です。これは単なる超能力ではなく、この世の「理(ことわり)」そのものとして描かれています。
「追う」という意志がスイッチになる
ワンダー・オブ・Uの恐ろしさは、攻撃のトリガーが「相手の意志」にある点です。通常、スタンド攻撃は射程距離内に入ったり、特定の動作をしたりすることで発動しますが、厄災は違います。
「あいつを捕まえたい」「正体を知りたい」「追いかけよう」と心に決めた瞬間、あるいはその背中を追おうと一歩踏み出した瞬間、既に死のカウントダウンは始まっています。直接的な攻撃意図がなくても、「真実に近づこうとする意志」そのものが、厄災を引き寄せる磁石になってしまうのです。
日常の風景がすべて「凶器」に変わる
厄災が発動すると、本来なら無害なはずの周囲の環境が、突如として殺意を持った凶器へと変貌します。
- 降り注ぐ雨粒が、弾丸のように体を貫通する。
- ぶつかった傘立てが、重戦車のような衝撃で骨を砕く。
- タバコの吸い殻が、喉を焼き切る鋭利な刃物になる。
これらは、物理的な強弱の法則を完全に無視しています。本来なら柔らかい物質であっても、厄災の流れに乗ることで「対象を破壊するエネルギー」へと書き換えられるのです。防御を固めても、その防御壁が壊れて自分を襲う。避けたとしても、避けた先に別の事故が待ち構えている。まさに詰みの状態です。
院長・明負悟という「仮面」
この厄災を媒介しているのが、TG大学病院の院長・明負悟です。しかし、その正体は本体である岩人間・透龍(とおる)のスタンド「ワンダー・オブ・U」そのものでした。
89歳という高齢の院長として社会に溶け込み、誰も疑うことのない権威を隠れ蓑にする。この「社会的な地位」さえも、追及を阻むための一種の厄災として機能していました。
なぜ倒せない?「理(ことわり)」としてのスタンドの特殊性
歴代のジョジョにおけるボスたちは、どれほど強力でも「能力」を持っていました。しかし、ワンダー・オブ・Uが扱っているのは、宇宙のシステムそのものです。
善悪を超越した「負のエネルギー」
作者の荒木飛呂彦先生は、厄災を「この世に元々存在する負の流れ」として描いています。例えば震災や不慮の事故のように、どれだけ善良に生きていても、ある日突然降りかかってくる理不尽な不幸。それが厄災の実体です。
ワンダー・オブ・Uは、その流れを特定の個人に集中させる「アンテナ」や「導管」のような役割を果たしています。そのため、スタンドを攻撃しようとすることは、宇宙の法則そのものに逆らうことと同義であり、報復としてさらなる厄災が降りかかるという悪循環に陥ります。
本体が死んでも消えない恐怖
物語の最終盤、本体である透龍が力尽きた後も、厄災の概念は消滅しませんでした。東方家の敷地内に残り続け、生き残った者たちをなおも追い詰める描写は、読者に言いようのない恐怖を与えました。
これは、「悪」は滅びても「理不尽な不幸(厄災)」はこの世から決してなくならないという、冷徹な真理を示唆しています。私たちは常に、厄災と隣り合わせの世界で生きているというメタメッセージが込められているのです。
唯一の対抗策。ソフト&ウェット「ゴー・ビヨンド」の衝撃
この絶望的な状況を打破できる唯一の希望が、東方定助のスタンド「ソフト&ウェット」の中に眠っていました。それが、究極の能力「ゴー・ビヨンド(越えて行く)」です。
「この世に存在しない」からこそ届く
ゴー・ビヨンドの正体は、定助の指先から放たれる「見えないしゃぼん玉」です。しかし、これは単なる泡ではありません。極限まで細い線が、無限に回転することで構成された「無」の球体です。
- この世に実在しない。
- だから「世界の理(厄災)」に干渉されない。
- ゆえに、厄災の壁をすり抜けて標的に届く。
ワンダー・オブ・Uの能力は、あくまで「この世に存在する物」の因果関係を操作するものです。存在しないものは、その計算式に組み込むことができません。定助自身もどこへ飛ぶか制御できない「無」の弾丸だからこそ、運命というレールを飛び越えて、絶対無敵の院長を撃ち抜くことができたのです。
豆銑礼が見出した「回転」の真理
この能力の可能性に気づいたのは、植物鑑定士の豆銑礼でした。彼は定助の能力の根源が、第7部『スティール・ボール・ラン』で描かれた「黄金の回転」の系譜にあることを見抜きます。
物理法則を超越した回転が、結果として「無」を生み出す。このシリーズを通した「回転」のテーマが、最終的に「厄災という理を突破する手段」へと繋がった点は、長年のファンにとっても非常に熱い展開となりました。
厄災と幸福の境界線。ジョジョリオンが描いた「呪い」の終わり
ジョジョリオンは「呪いを解く物語」と銘打たれて始まりました。東方家に伝わる奇病、そして岩人間との戦い。これらすべては、ある種の「負の連鎖」=「厄災」と言い換えることができます。
等価交換というもう一つの理
定助のゴー・ビヨンドだけでなく、東方花都が示した「等価交換」の力も、厄災に立ち向かう重要な鍵となりました。
新ロカカカの実を用いた等価交換は、何かを得るために何かを差し出すという、過酷ながらも明確なルールに基づいています。花都は自らの命や罪を代償にすることで、不条理な厄災の流れの中に、強制的に「等価交換のルール」を割り込ませました。
理不尽に奪われるだけの厄災に対し、自らの意志で対価を支払い、守るべきもの(家族の未来)を守り抜く。これは、人間が自然の猛威や運命に抗う唯一の手段としての「覚悟」を象徴しています。
まとめ:ジョジョ8部「厄災」の正体とは?ワンダー・オブ・Uの能力と倒し方を徹底考察!
第8部の敵である「厄災」は、私たちが現実世界で直面する「抗いようのない理不尽」のメタファーでした。
病気、災害、予期せぬ事故。それらは「追おう」としなくても向こうからやってくることもあれば、真実を求めて前進しようとする勇気ある者にこそ、牙を剥くこともあります。
しかし、物語は教えてくれました。この世の理がどれほど過酷であっても、その枠組みの外側へ、想像力を、あるいは「無」に近いほどの純粋な意志を届かせることは可能であると。定助が放ったゴー・ビヨンドは、絶望の理を越えて、新しい家族としての形を掴み取りました。
もしあなたが今、人生において何らかの「厄災」に直面していると感じているなら、ぜひジョジョリオンを読み返してみてください。そこには、不条理な世界でなお「幸福な境界線」を引こうとする、人間の逞しい讃歌が描かれています。
次は、第9部『The JOJOLands』でどのような新たな「理」が描かれるのか。さらなる冒険の続きを一緒に見届けていきましょう。

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