「この世のものとは思えない美しさ」という言葉を体現する存在、美輪明宏さん。現在は黄色い髪の聖母のような慈愛に満ちた姿が印象的ですが、SNSやネット掲示板では定期的に、あるトピックが爆発的な盛り上がりを見せます。
それは、**「若い頃の美輪明宏が、あまりにも『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターすぎる」**という説です。
ただ似ているだけではありません。ポージング、眼光、そして漂うオーラ。荒木飛呂彦先生が描く「ジョジョ」の世界観そのものを、半世紀以上前の日本ですでに体現していた人物がいたのです。今回は、三島由紀夫をも虜にした美輪さんの若かりし日の姿と、ジョジョ的要素の共通点を徹底的に深掘りしていきます。
衝撃の美少年時代!丸山明宏(美輪明宏)のビジュアルを振り返る
今でこそ「オーラの泉」や「ヨイトマケの唄」のイメージが強い美輪さんですが、デビュー当時は「丸山明宏」の名で活動していました。当時の写真を見ると、誰もが言葉を失います。
そこに写っているのは、中性的で彫りが深く、どこか現実離れした美少年です。1950年代の日本において、彼はすでに「ジェンダーレス」の先駆けとして、シースルーのブラウスやタイトなパンツを履きこなし、銀座の街を歩いていました。
この時期の美輪さんの何が「ジョジョ」を彷彿とさせるのか。それは、単に顔が整っているからではありません。カメラに向けられたそのポーズが、後に私たちが「ジョジョ立ち」と呼ぶことになる、あの独特な肉体の捻りや指先の表情と完全に一致しているからです。
腰をぐっと入れ、顎を引き、冷徹さと色気が同居した視線を送る。その姿は、第1部のディオ・ブランドーや、第2部の柱の男たちが持つ「超越的な存在感」そのもの。ネット上で「ジョジョの実写版をやるなら、1950年代の美輪明宏を連れてくるしかない」と言われるのも納得のクオリティなのです。
三島由紀夫が「天上界の美」と称賛した伝説のエピソード
美輪明宏という伝説を語る上で、文豪・三島由紀夫との関係は避けて通れません。そしてこの二人の関係性自体が、非常に「ジョジョ的」なドラマ性に満ちています。
二人の出会いは、銀座の喫茶店でした。当時まだ無名に近かった美輪さんは、店を訪れた三島由紀夫に対して媚びるどころか、非常に不遜な態度をとったと言われています。三島が「なんだ、可愛くない子だな」と言うと、美輪さんはこう言い返しました。
「僕は綺麗だから、可愛くなくてもいいんです」
このセリフ、どこかで聞き覚えがありませんか?まさにジョジョの悪役、あるいは誇り高き黄金の精神を持つ主人公が放つような、圧倒的な自己肯定と覚悟に満ちた言葉です。三島はこの不敵な美少年に一瞬で魅了され、後に自身の戯曲『黒蜥蜴』の主演に彼を指名することになります。
三島は美輪さんのことを「天上界の美」と呼び、熱烈に称賛しました。三島由紀夫が求めた「肉体美」と「耽美主義」。それは、荒木飛呂彦先生が描く「人間讃歌」のルーツにある美学とも深く共鳴しているように感じられます。
なぜ「ジョジョっぽい」のか?荒木飛呂彦作品との共通美学
なぜ私たちは、若い頃の美輪さんに「ジョジョ」を感じてしまうのでしょうか。そこには、偶然の一致を超えた「美の法則」が隠されています。
1. ギリシャ彫刻のような肉体表現
荒木先生は、イタリアのルネサンス美術やミケランジェロの彫刻から多大な影響を受けていることを公言しています。一方の美輪さんも、幼少期から西洋のクラシック音楽や美術に親しみ、自らの肉体をひとつの「造形作品」として磨き上げてきました。
計算し尽くされた筋肉のラインや、関節の角度が生み出す曲線美。これらが組み合わさった時、二つの世界は重なり合います。
2. ファッションによる自己主張
ジョジョのキャラクターたちは、イタリアン・ファッションをベースにした奇抜でスタイリッシュな服を纏っています。美輪さんもまた、戦後の日本で「シスターボーイ」と呼ばれながら、誰にも真似できない独自のスタイルを貫きました。
周囲の目を気にせず、自らの美学を衣に纏う。その精神性は、服をファッション雑誌から飛び出してきたかのように着こなすジョジョのキャラたちの精神と同意義なのです。
3. 性別を超越した「究極の個」
ジョジョの魅力のひとつに、男女の枠を超えた「美しき強者」の存在があります。美輪明宏という存在は、まさにその先駆者。男性でも女性でもなく「美輪明宏」というジャンルであるという生き方は、物語の中で自分の運命を切り拓くスタンド使いたちの姿に重なって見えます。
魂に刻まれた「人間讃歌」と被爆体験
ジョジョの物語を一貫して流れるテーマは「人間讃歌」です。どんなに過酷な運命に直面しても、人間の知恵と勇気で立ち向かう。このテーマを、美輪さんはその人生をもって証明しています。
美輪さんは長崎で被爆し、原爆症の苦しみや、戦後の激しい差別にさらされてきました。しかし、彼は決して折れませんでした。歌を歌い、美を追求し、言葉を届けることで、絶望の淵から這い上がってきたのです。
この「魂の不屈さ」こそ、ジョジョの主人公たちが持つ「黄金の精神」そのものではないでしょうか。見た目だけでなく、その生き様までもが劇的で、信念に満ちている。だからこそ、私たちは若い頃の彼の写真を見たとき、単なる「イケメン」という言葉では片付けられない、背筋が凍るような神々しさを感じるのです。
「ジョジョ立ち」の起源は美輪明宏にある?
巷では「ジョジョ立ちのモデルは美輪明宏ではないか」という噂が絶えませんが、公式に「このキャラのこのポーズは美輪さんです」と明言されているわけではありません。しかし、荒木先生が美輪さんという稀代の表現者の存在を意識していなかったとは考えにくいのも事実です。
実際、1960年代の舞台写真やブロマイドで見せる美輪さんのポージングは、重力に逆らうような独特のバランスを保っています。これは、当時のバレエやシャンソンのステージングから昇華されたものでしょうが、結果として「人間が最も美しく見える、不自然な角度」に到達しています。
荒木先生が描くジョジョ立ちもまた、ファッション写真や彫刻を研究し尽くした末にたどり着いた「究極のポーズ」です。美を極限まで追求した二人が、同じ回答に辿り着いた。これこそが、世代を超えてファンを熱くさせる「シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)」の正体だと言えるでしょう。
美輪明宏の若い頃がジョジョ立ち?三島由紀夫も驚く美少年ぶりとキャラの共通点まとめ
ここまで、美輪明宏さんの若い頃のビジュアルと『ジョジョの奇妙な冒険』の共通点について紐解いてきました。
結論として言えるのは、美輪明宏という人物は、荒木飛呂彦先生が漫画の中で描き出した「誇り高く、美しく、そして強い人間」を、現実の世界で先取りして生きていたということです。
- 人智を超えた美少年時代のビジュアル
- 三島由紀夫を沈黙させるほどの強烈な自己肯定感
- 時代を50年先取りしたファッションとポージング
これらが積み重なり、現代の私たちが彼の過去の写真を見た時に「これはジョジョだ!」と直感的に叫んでしまうほどの衝撃を与えているのです。
もしあなたが、ジョジョの奇妙な冒険の単行本ジョジョの奇妙な冒険を読み返したり、アニメを観たりする機会があれば、ぜひその背景に流れる「耽美な精神」を思い出してみてください。そこには、かつて銀座の街を堂々と歩き、三島由紀夫に「天上界の美」と言わしめた一人の少年の影が、確かに重なって見えるはずです。
美輪明宏さんの若い頃を知ることは、日本のポップカルチャーや美意識の歴史を知ることでもあります。その唯一無二のオーラは、これからも多くのクリエイターやファンにインスピレーションを与え続けていくことでしょう。

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