「ドラゴンボール超の漫画版って、ぶっちゃけどうなの?」
「ネットで『ひどい』っていう意見を見たけど、読む価値ある?」
そんな疑問を抱えているファンの方は少なくありません。かつて世界中を熱狂させた伝説の漫画『ドラゴンボール』の正統続編としてスタートした本作ですが、Vジャンプでの連載開始以来、常に賛否両論の嵐にさらされてきました。
結論から言うと、漫画版『ドラゴンボール超』は決して「ひどい」一言で片付けられる作品ではありません。しかし、かつての鳥山明先生が描いた「Z」までの空気感を期待しすぎると、思わぬ違和感に戸惑うのも事実です。
今回は、なぜ一部で「ひどい」と言われてしまうのか、その具体的な理由と、逆にアニメ版を凌駕すると評価されているポイントを徹底的に深掘りしていきます。
なぜ「ドラゴンボール超の漫画はひどい」という声があがるのか
長年のファンほど、漫画版のページをめくった瞬間に「あれ?」と感じることがあるようです。まずは、批判的な意見の核となっている部分を整理してみましょう。
1. 悟空のキャラクター変貌に対する違和感
最も多く聞かれるのが、主人公・孫悟空の性格についてです。原作終盤の悟空は、どこか達観した「戦士としての完成形」のようなオーラを纏っていました。
しかし、『ドラゴンボール超』における悟空は、純粋さを通り越して「世間知らずで戦闘のことしか考えていない」という側面が強調されすぎています。特に、宇宙全体の存亡がかかった「力の大会」のきっかけを作った際などの言動に、かつての頼もしさを知る読者はショックを受けてしまったようです。
2. 打撃感や構図の「軽さ」への不満
作画を担当するとよたろう先生は、鳥山明先生も認めるほどの圧倒的な画力を持っています。ただ、神様とも言える鳥山先生の「重い拳の一撃」や「流れるような視線誘導」と比べられると、どうしても分が悪いのが現実です。
「絵は綺麗だけど、どこか硬い」「攻撃に重みが感じられない」といった、感覚的な部分での物足りなさが、古参ファンの目には「ひどい」と映ってしまう一因になっています。
3. パワーバランスのインフレが激しすぎる
超サイヤ人ゴッドからブルー、そして身勝手の極意へ。凄まじいスピードで新形態が登場する一方で、インフレに置いていかれたはずの過去キャラが急に強敵と渡り合ったりする描写があります。
「修行シーンがダイジェストすぎて、強さの説得力が足りない」という意見は、設定を重視する読者から厳しく指摘されるポイントです。
漫画版ならではの魅力!アニメ版との決定的な違い
批判がある一方で、「アニメ版より漫画版の方が断然面白い!」と支持する層も非常に多いです。漫画版には、テレビアニメでは描ききれなかった「理屈」と「独自の進化」が詰まっているからです。
独自の技術体系と「完成」の概念
アニメ版の戦闘がオーラや叫び、勢いを重視する演出なのに対し、漫画版は「技の仕組み」を論理的に描こうとします。
例えば、超サイヤ人ブルーの弱点である「激しいエネルギー消費」を克服するために、体内にオーラを封じ込める「完成形超サイヤ人ブルー」という概念が登場します。こうした「なぜ強いのか」「どうやって弱点を克服したのか」というプロセスが丁寧に描かれる点は、漫画版の大きな強みです。
ベジータの真の成長物語
ベジータファンであれば、漫画版は必読と言えるでしょう。アニメ版以上に、ベジータが「サイヤ人としての誇り」と「過去の罪への向き合い」を深く掘り下げられています。
特に物語中盤以降、悟空とは異なる道を進むためにヤードラット星で修行したり、破壊神の技を習得しようとしたりする姿は、まさに準主人公にふさわしい格好良さです。
テンポの良さと余計な引き伸ばしのなさ
アニメ版はどうしても放送時間の兼ね合いで「溜め」のシーンやオリジナルエピソードが入りますが、漫画版はサクサクと物語が進みます。特に、映画ドラゴンボール超 ブロリーのストーリーを大胆にカットして次章へ繋げる構成などは、忙しい現代の読者にはむしろ心地よいテンポ感として受け入れられています。
評価が一変した「モロ編」と「グラノラ編」
『ドラゴンボール超』の漫画版が「ひどい」という評価を覆し始めたのは、アニメ版のストックがなくなった後の完全オリジナルエピソードからです。
銀河パトロール囚人編(モロ編)
星のエネルギーを喰らう魔力使い・モロとの戦いは、これまでの力押し一辺倒のバトルとは一線を画していました。悟空が「身勝手の極意」をいかにして自分のものにするかという修行の過程、そして地球の戦士たちが一丸となって戦う総力戦は、まさにファンが求めていたドラゴンボールの熱量そのものでした。
生残者グラノラ編
サイヤ人に恨みを持つ生き残りとの戦いでは、悟空の父・バーダックの過去が深く関わってきます。鳥山先生のネーム監修が光るこの章では、悟空が「自分なりのサイヤ人の誇り」を見つけるまでの精神的成長が描かれ、キャラクターへの違和感を払拭する素晴らしい内容となっていました。
もしあなたが初期の展開だけで「ひどい」と投げ出してしまったのであれば、ドラゴンボール超 15巻あたりからの展開をぜひチェックしてみてください。
結局、漫画版は読むべきなのか?
「ひどい」という評判を気にして手を出さないのは、非常にもったいないと言わざるを得ません。
確かに、最初期の「神と神編」や「復活の『F』編」は映画のダイジェスト感が強く、物足りなさを感じるかもしれません。しかし、物語が進むにつれてとよたろう先生の筆致は鋭さを増し、物語の深みも増していきます。
以下のポイントに当てはまる人なら、間違いなく漫画版を楽しめるはずです。
- 悟空やベジータの新しい「技」や「形態」の理屈を知りたい。
- ベジータが精神的に成長していく姿をじっくり見届けたい。
- アニメ版では描かれなかった、よりシビアで本格的なバトルを楽しみたい。
- 鳥山明先生が最後に遺したプロットがどう形になったのかを確認したい。
最新の物語では、映画ドラゴンボール超 スーパーヒーローの裏側やその後日談も描かれており、ドラゴンボールの世界観をより深く補完する内容になっています。
まとめ:ドラゴンボール超の漫画はひどい?読者の本音とアニメ版との違い
ネット上の「ドラゴンボール超の漫画はひどい」という声は、その多くが「偉大すぎる前作(鳥山明先生の直筆)との比較」から生まれる愛ゆえの厳しさです。
確かにキャラクター描写やパワーバランスに戸惑う部分はありますが、読み進めていくうちに、とよたろう先生なりの「ドラゴンボール愛」と、現代にアップデートされた新しいバトルの形が見えてくるはずです。
アニメ版とは異なるルートで進化を遂げる悟空たちの物語は、今や漫画版独自の熱量を持って展開されています。食わず嫌いをしている方は、ぜひ一度手に取ってみてください。そこには、私たちが愛してやまない「ワクワクするドラゴンボール」が、確かに存在しています。
これから全巻揃えたいという方は、ドラゴンボール超 全巻セットで一気に物語の加速を体感してみるのもおすすめですよ。
次はあなたが、自分自身の目で「漫画版の真実」を確かめてみてください!

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