「漫画」という言葉を聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか?おそらく、週刊誌で連載されているストーリー作品や、スマホで読む縦スクロールのコミックですよね。
でも、今から200年以上前の江戸時代に、すでに『北斎漫画』という名の本が爆発的なヒットを記録していたことをご存じでしょうか。描いたのは、世界で最も有名な日本人絵師の一人、葛飾北斎です。
「江戸時代の絵なんて、今のマンガとは別物でしょ?」と思うかもしれません。しかし、ページをめくってみると、そこには現代の私たちが読んでいるマンガの「遺伝子」がぎっしりと詰まっているのです。
今回は、北斎の漫画とは一体何だったのか、そして葛飾北斎の戯画がどのようにして現代漫画の表現へとつながっていったのか、その熱い物語を紐解いていきましょう。
そもそも『北斎漫画』ってどんな本?
まず最初にハッキリさせておきたいのが、北斎の「漫画」は、今の私たちが読むような「ストーリーのある物語」ではないということです。
当時の言葉で「漫画」とは、「漫(そぞろ)に描いた画」という意味。つまり、北斎が気の向くままに、目に映るもの、頭に浮かぶものを描き留めた「膨大なスケッチ集」なんです。
弟子たちのための「絵の教科書」だった
実はこの本、最初から一般向けに作られたわけではありませんでした。当時、北斎には全国に数多くの弟子がいました。その弟子たちが「先生のような絵を描きたいけれど、どう描けばいいかわからない」と悩んでいたため、北斎が「これをお手本にしなさい」と絵の描き方を示したのが始まりです。
いわば、江戸時代の「イラスト上達テクニック本」ですね。
描かれたテーマの圧倒的な数
『北斎漫画』を開くと、そのバリエーションに驚かされます。
- 人物: おじさんの変顔、力仕事をする職人、踊る人々
- 動植物: 雀、馬、魚、名もなき草花
- 自然: 荒れ狂う波、静かな富士山、風に吹かれる木々
- 想像の世界: 幽霊、妖怪、中国の神仙
全15編、掲載された図版は約4,000図にも及びます。「この世のすべてを写し取りたい」という北斎の狂気じみた情熱が、この一冊に凝縮されているのです。
葛飾北斎が発明した「動く絵」の魔法
北斎の漫画がなぜ「現代マンガの祖」と言われるのか。その最大の理由は、静止画であるはずの絵に「動き」や「時間」を持ち込んだことにあります。
連続写真のような「雀踊り」
『北斎漫画』の中でも有名なのが、雀踊りを踊る人々を描いたページです。同じような格好をした人物が、少しずつポーズを変えて並んでいます。これをパラパラ漫画のように順に追っていくと、一連のダンスの動きが完璧に再現されるようになっているのです。
これは現代のマンガにおける「コマ割り」や、アニメーションの「原画」そのものの考え方。カメラもない時代に、北斎は脳内でスローモーション再生を行い、それを紙の上に定着させていたことになります。
誇張とデフォルメのセンス
北斎は、ただ写実的に描くだけではありませんでした。
例えば、あくびをしている人の顔を、顎が外れそうなほど大きく描いたり、驚いた人の目を飛び出さんばかりに描いたり。こうした「大げさな表現(デフォルメ)」は、現代のギャグ漫画やアニメの「顔芸」に直結するテクニックです。
北斎は、現実をそのまま写すよりも「それっぽさ」や「面白さ」を優先しました。この「嘘をついて真実(勢い)を伝える」という姿勢こそが、マンガ表現の核と言えるでしょう。
世界を揺るがした「北斎インパクト」
『北斎漫画』の影響力は、日本国内にとどまりませんでした。海を越え、西洋の芸術史まで塗り替えてしまったのです。
偶然から始まったジャポニスム
19世紀、日本からヨーロッパへ輸出される陶磁器の詰め物(緩衝材)として、たまたま『北斎漫画』のページが使われていました。それを見つけたフランスの芸術家たちは、腰を抜かすほど驚きました。
当時の西洋絵画は、宗教画や歴史画など「重厚で正しい絵」が主流。そこに、自由奔放な筆致で、しかも日常の何気ないシーンを生き生きと描く北斎の絵が現れたのですから、彼らにとっては革命でした。
印象派の巨匠たちへの影響
北斎の漫画に熱狂したのは、モネやゴッホ、ドガといった印象派の画家たちです。
- エドガー・ドガは、北斎の人物描写から「一瞬の動作を切り取る」手法を学び、有名な踊り子の絵を描きました。
- ゴッホは北斎の線描の力強さに心酔し、自身のスタイルに取り入れました。
私たちが今、西洋の美術館で目にする名画の数々も、実は北斎の漫画という「日本のマンガの源流」にインスピレーションを受けているのです。
現代のマンガ表現に受け継がれる北斎のDNA
さて、具体的に今のマンガのどのあたりに北斎の影響が見えるのでしょうか。いくつかのポイントに整理してみると、意外な共通点が見えてきます。
1. 視覚的な記号(漫符)のルーツ
マンガで風が吹いているとき、シュッと線が引かれますよね。あるいは、水が流れる様子を独特の曲線で表したり。これらは「漫符(まんぷ)」と呼ばれるマンガ特有の記号ですが、北斎はすでにこれを完成させていました。
目に見えない「風」や「空気の動き」を線として可視化する技術。北斎の漫画を眺めていると、今のマンガで使われている効果線やオノマトペ(擬音語)の原型がいたるところに見つかります。
2. 多彩なカメラワーク
江戸時代の絵画といえば、真正面や真横から捉えた平面的なものが一般的でした。しかし北斎は違います。
- 地面すれすれのローアングルから見上げる
- 真上からの俯瞰(ふかん)で捉える
- 極端なクローズアップで対象を強調する
こうしたダイナミックな構図は、現代のマンガにおける劇的なコマ割りと非常によく似ています。読者の視線を誘導し、ページをめくる手を止めさせない工夫。北斎は絵師であると同時に、最高の演出家でもあったわけです。
3. モンスターデザインの元祖
現代のマンガやゲームには、数多くの妖怪やモンスターが登場しますよね。北斎は、江戸時代に伝わる怪談をベースに、独自の想像力を加えておどろおどろしくもどこか愛嬌のある妖怪たちをたくさん描きました。
提灯にお化けが宿る「提灯お化け」や、首が長く伸びる「ろくろ首」。これらが今のファンタジー作品やホラー漫画に与えた視覚的な影響は計り知れません。
北斎の漫画をより深く知るためのヒント
もし、この記事を読んで「本物の北斎漫画を見てみたい!」と思ったなら、ぜひいくつかの方法を試してみてください。
今ではデジタルアーカイブ化が進んでおり、美術館に行かなくても画面越しにその細密な描写を楽しむことができます。また、解説付きの関連書籍を手に取るのもおすすめです。
北斎の画力を手元でじっくり研究したいなら、高精細な印刷で復刻された画集をチェックしてみるのが一番の近道。
例えば、北斎漫画のような書籍を手元に置いておくと、絵を描く人にとっても、歴史好きの人にとっても、一生モノの資料になるはずです。
また、北斎の生涯そのものに興味が湧いたなら、彼の破天荒なエピソード(90回も引っ越しをした、名前を何度も変えたなど)を扱った伝記マンガを読んでみるのも面白いですよ。
北斎の漫画とは?葛飾北斎の戯画と現代漫画への影響を解説:まとめ
こうして振り返ってみると、北斎が『北斎漫画』に込めたエネルギーが、時空を超えて現代の私たちのエンターテインメントを支えていることがわかります。
北斎の漫画とは、単なる古いスケッチ集ではなく、「世界をいかに面白く切り取るか」という飽くなき探究心の結晶でした。
そして、葛飾北斎の戯画が示した「動きの表現」「デフォルメの妙」「大胆な構図」といった発明は、形を変えながら現代のマンガ、アニメ、ゲームの中へと脈々と受け継がれています。
もし次に、お気に入りのマンガを読んでいて「このシーン、動きがすごいな!」「この表情、最高に面白い!」と感じたら、ふと思い出してみてください。その感動の源流には、江戸の町で筆を走らせていた、一人の「画狂」おじいさんがいたということを。
北斎が描いた何千もの図像は、今もなお、新しいクリエイターたちに「もっと自由に描いていいんだ」という勇気を与え続けているのです。
あなたは北斎の絵の中に、どんな現代マンガの面影を見つけますか?ぜひ、自分だけの「北斎×マンガ」の繋がりを探してみてくださいね。

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