「命を削る」という表現が、これほどまでしっくりくる漫画が他にあるでしょうか。
曽田正人先生が描くバレエ漫画すばるは、私たちが抱く「優雅で華やかなバレエ」のイメージを根底から覆す、激しく、残酷で、それでいてあまりにも美しい物語です。
バレエの知識なんて1ミリもなくても、ページをめくる手が止まらなくなる。むしろ、読み終える頃には全身に力が入って、心地よい疲労感さえ覚えるはずです。
今回は、なぜこの作品が連載終了から時を経てもなお「伝説」として語り継がれるのか、その読むべきポイントを「物語」と「画力」の二つの視点から徹底的に解説していきます。
凄絶な「物語」:絶望を燃料にして踊る少女の業
まず触れなければならないのが、主人公・宮本すばるが踊り始めた理由です。これがもう、胸を締め付けられるほどに重い。
- 弟の死と「呪い」のような記憶すばるには和馬という双子の弟がいました。和馬は若くして脳腫瘍を患い、少しずつ記憶を失っていきます。そんな弟に、自分の存在を忘れてほしくない一心で、すばるは病室の狭いスペースで毎日踊り続けました。「和馬が笑ってくれるから。私を覚えていてくれるから」しかし、その弟は亡くなります。すばるにとって、踊ることは弟への愛であると同時に、彼を救えなかった自分への「罰」のようなものに変わっていきました。この「罪悪感」と「喪失感」こそが、彼女を舞台へと突き動かす狂気のエネルギー源なのです。
- 場末のストリップ劇場で磨かれた「野性」すばるは、いわゆる「名門のバレエ教室」でぬくぬくと育ったお嬢様ではありません。彼女が本格的にその才能を開花させたのは、なんと場末のストリップ劇場「キャバレー・パレ」のステージでした。酒に酔い、怒号を飛ばす客たちを黙らせるために、彼女は「生きるためのダンス」を叩き込まれます。型に嵌まった美しさではなく、観る者の魂を強引に引きずり出すような、圧倒的な生存本能としてのバレエ。この生々しさが、既存のバレエ漫画とは一線を画すリアリティを生んでいます。
- 孤高であることを選ぶ「天才」の苦悩すばるは周囲の人々を魅了しますが、同時にその才能で周囲を壊してしまいます。ライバルたちの自信を粉砕し、指導者を狂わせ、友人たちとの間に深い溝を作る。彼女は「みんなで楽しく踊る」ことなどできません。ただ一人、極北の地で踊り続けるしかない。その孤独を受け入れ、自分だけの表現を突き詰めていく過程は、もはやアスリートのドキュメンタリーを観ているような緊張感に満ちています。
圧倒的な「画力」:静止画から「音」と「熱」が溢れ出す
『すばる』の凄さは、ストーリーだけではありません。曽田正人先生の真骨頂とも言える「画力」と、その独特な演出力が、私たちの視覚にダイレクトに訴えかけてきます。
- 「正しさ」よりも「凄み」を優先した肉体描写解剖学的に正しいだけの絵なら、他にもたくさんあるでしょう。しかし、本作の絵は「歪んで」います。ジャンプする瞬間、足の指先は床を抉るように描かれ、四肢は本来の長さ以上にしなり、筋肉は悲鳴を上げているかのように浮き出ます。このあえてパースを歪ませる手法によって、読者は「空気の抵抗」や「重力」を肌で感じるのです。
- 「集中線」が物語るスピード感と爆発力バレエは静止したポーズも美しいものですが、本作ではむしろ「動きの激しさ」に焦点が当てられています。アクション漫画顔負けの鋭い集中線が、すばるのピルエット(回転)の速さを伝え、見開きいっぱいに描かれる跳躍は、まるで紙面から彼女が飛び出してくるような錯覚を与えます。特に、舞台上で彼女が「ゾーン」に入った時の描写は圧巻です。背景が消え、光と影、そして彼女の肉体だけが浮き彫りになる演出は、読者を劇場の一番前の席に座らせているような臨場感を生みます。
- 「目」に宿る魂の叫びすばるの瞳をじっくり見てみてください。ある時は虚空を見つめ、ある時は何かに取り憑かれたような鋭い光を放っています。言葉で説明するのではなく、その「眼差し」一つで、彼女が今どれほどの絶望の中にいるのか、あるいはどれほどの法悦を感じているのかを語ってしまう。キャラクターの感情を爆発させるこの表現力こそが、曽田正人作品が「熱い」と言われる最大の理由です。
未読の人こそ知ってほしい、バレエという「格闘技」
バレエと聞くと、クラシック音楽に合わせて優雅に舞う姿を想像しますよね。もちろんそれは間違いではありません。しかし、漫画すばるが描き出すのは、もっと泥臭く、命がけの「戦い」です。
- 肉体を極限まで追い込む過酷さトウシューズの中で足の指が潰れ、血が滲んでもなお踊り続ける。舞台裏での壮絶なケアや、肉体を維持するためのストイックな生活。華やかなステージの裏側にある「地獄」が描かれるからこそ、本番の数分間の輝きがよりいっそう尊く感じられます。
- 他者を圧倒する「エゴ」のぶつかり合いバレエは究極の自己表現です。自分が一番でなければならない、自分の踊りで世界を変えたいという強烈なエゴがぶつかり合うシーンは、まるでリング上のボクサーのよう。すばるは、清純な白鳥を演じる時でさえ、その内側に激しい激情を秘めています。そのギャップが、読む者の心を強く揺さぶるのです。
読み進めるほどに深まる「救い」と「解放」
物語の後半から続編のMOONにかけて、すばるは自分自身の「呪い」と向き合っていくことになります。
最初は弟への贖罪のために踊っていた彼女が、やがて自分自身の足で立ち、自分自身の喜びのために踊るようになるまでの軌跡。それは一人の少女が「怪物」から「人間」へと戻っていく過程でもあります。
苦しみ抜いた先にしかない「光」を、作者は一切の妥協なく描き切っています。だからこそ、最終回を読み終えた時の解放感は、他の漫画では決して味わえない特別なものになるはずです。
まとめ:漫画『すばる』の読むべきポイントを物語と画力から解説
ここまで、漫画『すばる』がいかに異質な、そして魅力的な作品であるかをお伝えしてきました。
物語においては、弟の死という重い過去を背負いながら、孤独な天才として生きる少女の「業」と「救い」が描かれています。そして画力においては、漫画という媒体の限界を超えて「動き」や「熱量」を体感させる圧倒的な表現力が、そのドラマを支えています。
この作品は、単なるバレエ漫画ではありません。何かに全てを捧げようとする人間の、醜くも美しい「本能」の物語です。
もしあなたが、最近何かに情熱を燃やせていないと感じているなら。あるいは、圧倒的な才能に打ちのめされる快感を味わいたいなら。ぜひ、宮本すばるという少女の生き様に触れてみてください。
きっと読み終えた後、あなたの心の中にも、消えることのない「熱」が灯っているはずです。
漫画『すばる』の読むべきポイントを物語と画力から解説したこの記事が、あなたが名作に出会うきっかけになれば幸いです。

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