「絶対に一人では住みたくない家」を描かせたら右に出る者はいない、押切蓮介先生。その真骨頂とも言えるのが、今回ご紹介する漫画『サユリ』です。
一見すると、新しい家に引っ越してきた家族を襲う、ありふれた「事故物件もの」のホラーに思えるかもしれません。しかし、読み進めるうちに誰もが「えっ、そっちに行くの!?」と衝撃を受けるはずです。
なぜこの作品が、数あるホラー漫画の中でも傑作と称され、多くの読者の心を掴んで離さないのか。今回は、読者を惹きつける繊細な心理描写と、常識を覆すストーリー展開について、その魅力を徹底的に深掘りしていきます。
幸せの絶頂から奈落へ落とされる「丁寧な絶望」
漫画『サユリ』の物語は、神木家が念願のマイホームを購入するところから始まります。夢にまで見た一軒家。しかし、その喜びはあまりにも短く、残酷に打ち砕かれます。
この作品の凄みは、前半戦における「絶望の描き方」の丁寧さにあります。
日常が少しずつ侵食される恐怖
引っ越し早々、家族の体調に異変が起きたり、家の中で妙な気配を感じたりといった、湿度の高いJホラー的な演出が続きます。押切先生のタッチは、どこか不気味で歪んだ空気感を描くのが非常に上手く、ページをめくるたびに「何かが起きる」という予感が読者の首筋を撫でるような感覚に陥ります。
容赦のない家族の崩壊
普通のホラーなら、誰か一人が犠牲になって周囲が逃げ出すといった展開が多いですが、『サユリ』は違います。お父さん、おじいちゃん……と、家族の柱となる存在が一人、また一人と、言いようのない理不尽な死や発狂に追い込まれていきます。
この「誰も助からないのではないか」という圧倒的な絶望感こそが、後半の爆発的なカタルシスを生むための緻密な計算となっているのです。
伝説の「ババア無双」がホラーの常識を破壊する
物語の後半、読者が「もうこの家族は全滅だ……」と諦めかけたその瞬間、物語のジャンルが根底から覆ります。その中心にいるのが、それまで認知症でボケていたはずの「おばあちゃん」です。
恐怖を上書きする「生命力」
おばあちゃんが正気に戻り、孫の則雄に対して言い放つ言葉の数々は、ホラー漫画の歴史に残る名言ばかりです。
「幽霊なんてのはな、怖がるから付け上がるんだよ!」
「死んでる奴より、生きてる人間の方が強いに決まってるだろうが!」
この瞬間、物語は「幽霊に怯える話」から「怨霊を叩き潰す復讐劇」へと変貌を遂げます。おばあちゃんが説くのは、理屈ではなく圧倒的な「生(せい)」への執着です。
呪いを物理と気合いでねじ伏せる
怨霊サユリの呪いに対し、おばあちゃんが提案する対策は極めてパワフル。よく食べ、よく笑い、大きな声を出し、恐怖という感情を「怒り」と「生命力」で上書きしていく。
この展開は、これまでのホラー映画や漫画でフラストレーションを溜めてきた読者にとって、この上ない爽快感を与えてくれます。「幽霊相手にそんなのアリかよ!」と思いつつも、おばあちゃんの放つ圧倒的な説得力に、読者はいつの間にか熱狂させられているのです。
怨霊「サユリ」の悲劇をあえて突き放す繊細さ
本作のタイトルにもなっている怨霊「サユリ」。彼女がいかにしてこの家の地縛霊となったのか、その過去も作中で語られます。しかし、ここでも本作は独自の視点を持っています。
同情を拒絶する「害悪」としての描き方
多くのホラー作品では、幽霊の悲しい過去を知ると「可哀想だ」と救いの手を差し伸べたり、供養したりする展開になりがちです。しかし、『サユリ』のおばあちゃんは違います。
「過去がどうあれ、今目の前で私の家族を殺している奴はただの害虫だ」と言わんばかりの徹底した排除の姿勢。この突き放し方が、物語に独特のリアリティとスピード感を与えています。
繊細な心理描写が支える「強さ」
単に暴力を振るうだけではありません。サユリという存在が抱える「孤独」や「執着」を、押切先生は非常に繊細な筆致で描き出しています。だからこそ、それに対峙する神木家の生き残った者たちの「覚悟」が、より一層際立つのです。
押切蓮介という作家が描く「人間」の深み
『サユリ』の魅力を語る上で、作者である押切蓮介先生の独特な作家性は欠かせません。
醜さと美しさが同居するキャラクター
押切先生のキャラクターは、決して美男美女ばかりではありません。むしろ、どこか不格好で、汗臭く、人間臭い。しかし、その「不格好な人間」が、極限状態で見せる輝きや勇気が、読者の心を強く打ちます。
恐怖と笑いは紙一重
本作には、シリアスなホラーシーンの中に、ふとしたシュールなギャグや、過剰なまでのエネルギーが混じり合います。この「恐怖」と「笑い(熱血)」の絶妙なバランスこそが、中毒性を生む要因です。
もし、この独特の空気感をより高画質で体験したい、あるいは他の押切作品もチェックしたいという方は、タブレット端末などでじっくり読み込むのもおすすめです。iPadのようなデバイスであれば、見開きの迫力ある作画を隅々まで堪能できるでしょう。
映画版との違いから見える原作の密度
2024年に白石晃士監督によって実写映画化されたことも話題になりました。映画版は白石監督らしいエンタメ性の高いホラーに仕上がっていますが、やはり原作漫画の持つ「ドロリとした内面的な狂気」と「おばあちゃんの凄み」は格別です。
漫画ならではの「間」と「表情」
漫画版では、サユリの異形さや、おばあちゃんの顔に刻まれたシワ一つひとつにまで、執念のような描き込みがなされています。静止画だからこそ伝わる「嫌な空気」は、ぜひ紙や電子書籍のページをめくる手で体感してほしいポイントです。
漫画「サユリ」の魅力とは?読者を惹きつける繊細な描き方とストーリーのまとめ
最後まで読み終えたとき、あなたはきっと「ホラー漫画を読んでいたはずなのに、なぜか明日を生きる勇気が湧いてきた」という不思議な感覚に包まれているはずです。
漫画『サユリ』の魅力とは、単なる恐怖体験ではありません。それは、どんなに理不尽で巨大な絶望(呪い)に直面しても、人間は「飯を食い、声を出し、笑う」という根源的な生命力で戦えるのだという、泥臭くも美しい人間賛歌なのです。
ホラーが苦手な人にこそ読んでほしい、そしてホラー好きなら絶対に外せない。そんな唯一無二の傑作。もし未読であれば、ぜひこの衝撃的な「おばあちゃんの戦い」を目撃してください。
サユリ 完全版この物語を読み終えた後、あなたは自分の家にある暗闇が、以前よりも少しだけ怖くなくなっているかもしれません。それどころか、「サユリが出てきたら、おばあちゃん直伝の気合で追い返してやる」という強気な自分に出会えるはずです。

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