大ベストセラーとして知られる自己啓発の金字塔『嫌われる勇気』。アドラー心理学を対話形式で解き明かしたあの名著が、2017年に香里奈さん主演で刑事ドラマ化されたことを覚えていますか?
実はこのドラマ、ネット上では「途中で打ち切りになったのでは?」「放送中止の騒動があったよね?」と、作品の内容以上にその周辺のトラブルが語り継がれる不思議な存在となっています。
なぜ、あれほど支持されている名著をドラマ化したのに、ネガティブな噂が絶えないのでしょうか。今回は、ドラマ『嫌われる勇気』にまつわる打ち切り説の真相と、専門学会から出された異例の抗議文、そして視聴率低迷の理由について、忖度なしで徹底解説していきます。
ドラマ「嫌われる勇気」は本当に打ち切りだったのか?
まず、最も多くの人が気になっている「結局、打ち切られたの?」という疑問からお答えします。
結論を言えば、ドラマ『嫌われる勇気』は打ち切りにはなっていません。
2017年1月12日からスタートし、3月16日の最終回まで、当初の予定通り全10話が放送されました。物語も途中で投げ出されることなく、一応の決着を見ています。それなのになぜ、これほどまでに「打ち切り」というワードが定着してしまったのでしょうか。
その最大の理由は、放送期間中に「日本アドラー心理学会」からフジテレビに対して、公式に**「放送中止」または「脚本の大幅な修正」を求める抗議文**が提出されたことにあります。
テレビ局が専門の学会から「番組を止めてくれ」と指名手配のような抗議を受けるのは、極めて異例の事態です。このニュースが世間を駆け巡った際、多くの人が「あんなに怒られているなら、すぐに終わるだろう」と予想したことが、記憶の中で「打ち切り」という事実へとすり替わってしまったと考えられます。
また、後述する視聴率の伸び悩みも相まって、「不評だから予定より早く終わらせたのではないか」という憶測が広まったのも原因の一つでしょう。
日本アドラー心理学会が激怒した「中止要求」の真相
なぜ、アドラー心理学を広める立場であるはずの学会が、宣伝効果も高いはずのドラマに待ったをかけたのでしょうか。そこには、原作ファンも感じていた「致命的な解釈のズレ」がありました。
学会側が最も問題視したのは、香里奈さん演じる主人公・庵堂蘭子のキャラクター設定です。
ドラマ版の蘭子は、他人の評価を一切気にせず、組織の和を乱し、独断専行で捜査を進める孤高の刑事として描かれました。口癖は「明確に否定します」。周囲の意見をシャットアウトする彼女の態度は、一見すると「嫌われることを恐れない勇気」を持っているように見えます。
しかし、日本アドラー心理学会の見解は真っ向から対立するものでした。
学会側は「アドラー心理学が目指すのは、他者を敵とみなすことではなく、共同体の中で居場所を見つけ、貢献することである」と主張。ドラマの蘭子のような「単に空気が読めない、わがままな人間」をアドラーの体現者として描くことは、心理学に対する大きな誤解を招くと危惧したのです。
つまり、アドラーが説く「自由」とは、独善的に生きることではなく「対人関係の悩みから解放され、より良く他者とつながるための勇気」なのですが、ドラマでは「嫌われてもいいから自分の好き勝手に振る舞う」という部分だけが強調されてしまった。この「履き違え」が、学会を動かすほどの大きな火種となったのです。
視聴率が低迷した3つの決定的な理由
ドラマの打ち切り説が流れる背景には、数字としての苦戦もありました。平均視聴率は約6.5%。当時のプライムタイムの連ドラとしては、かなり厳しい数字と言わざるを得ません。なぜ視聴者の心をつかめなかったのか、その理由を分析してみましょう。
- 原作の「哲学」と刑事ドラマの相性が悪かった原作嫌われる勇気は、哲学者と青年の対話だけで構成される、極めて抽象的で深い思索の書です。それを無理に「一話完結の刑事モノ」という枠組みに落とし込んだため、ドラマとしての展開がパターン化してしまいました。事件の解決方法にアドラーの理論をこじつけたような展開に、違和感を抱く視聴者が続出したのです。
- 主人公への共感しづらさドラマ版の主人公・蘭子は、あまりにもコミュニケーションを拒絶しすぎるキャラクターでした。視聴者は通常、主人公の成長や葛藤に共感して物語を追いかけますが、蘭子は最初から「完成された最強の存在」として描かれたため、応援する隙がありませんでした。バディ役の加藤シゲアキさん演じる青山が、視聴者の代弁者として振り回されていましたが、それでも蘭子の冷徹さが際立ちすぎてしまった感があります。
- 原作ファンの期待とのギャップ累計発行部数数百万人を超えるメガヒット作が原作だけに、期待値は非常に高い状態でした。しかし、蓋を開けてみれば、期待していた心理学の深い洞察ではなく、一風変わった刑事ドラマ。この「思っていたのと違う」という落差が、SNSでのネガティブな口コミを加速させる結果となりました。
ドラマ版『嫌われる勇気』を今振り返って評価できる点
ここまで厳しい面を多く挙げてきましたが、ドラマ版に全く価値がなかったわけではありません。
騒動が落ち着いた今、改めて見返してみると、アドラー心理学のキーワードである「課題の分離」を、実際の人間関係(上司と部下、家族など)に当てはめて見せようとした試みは興味深いものです。
特に、NEWSの加藤シゲアキさんが演じた青山というキャラクターは、原作における「青年」の役割をうまく現代の刑事に投影していました。私たちが日常で感じる「他人にどう見られているか怖い」という感覚を彼が代弁し、それを蘭子がぶった斬るスタイルは、一種の爽快感を提供していた部分もあります。
また、劇伴音楽や映像のスタイリッシュさなど、フジテレビらしい華やかな演出は健在でした。もし、タイトルが嫌われる勇気ではなく、全く別のオリジナル刑事ドラマとして放送されていたら、これほどまでのバッシングを受けることはなかったかもしれません。
まとめ:嫌われる勇気ドラマは打ち切りだった?中止要求の真相と低視聴率と言われた理由を解説
最後に、今回の騒動のポイントを整理しましょう。
ドラマ『嫌われる勇気』は、予定通り全10話が放送されており、打ち切りではありません。 しかし、日本アドラー心理学会からの放送中止要求という異例の事態や、平均視聴率の低迷、そして原作の解釈を巡るファンからの不満が重なり、「失敗作」というレッテルを貼られてしまったのが実情です。
アドラー心理学を正しく学びたいのであれば、やはり嫌われる勇気と、その続編である幸せになる勇気をじっくり読み解くのが一番の近道でしょう。
ドラマはあくまで「もしも、アドラー心理学を極端に解釈した刑事がいたら?」というパラレルワールドの物語として楽しむのが正解かもしれません。
何かに挑戦すれば、必ず批判はつきもの。まさに「嫌われる勇気」を試されたのは、視聴者でも読者でもなく、このドラマの制作陣そのものだったと言えるのではないでしょうか。
この記事を通して、嫌われる勇気ドラマは打ち切りだった?中止要求の真相と低視聴率と言われた理由を解説してきましたが、噂の裏側にある「解釈の戦い」を知ることで、また違った視点で原作を読み直すきっかけになれば幸いです。

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