1980年代後半、空前の密教・オカルトブームを巻き起こした伝説の漫画『孔雀王』。読経を唱えながら印を結び、闇の魔物を葬る孔雀の姿に、当時の少年たちは胸を熱くしました。しかし、この作品を語る上で避けて通れないのが「打ち切り」というキーワードです。
特に第2部である『孔雀王 退魔聖伝』の幕引きは、あまりにも衝撃的でした。なぜ、あんなに勢いのあった作品が、伏線を残したまま唐突に終わってしまったのか。そこには作者である荻野真先生の壮絶な闘いと、物語を完結させるための執念が隠されていました。今回は、多くのファンが長年抱いてきた疑問の真相に迫ります。
『孔雀王 退魔聖伝』が打ち切りと呼ばれた最大の理由
『孔雀王』シリーズは、大きく分けていくつかの章に分かれています。その中で「打ち切り」のイメージが最も強いのが、1990年から連載された第2部『孔雀王 退魔聖伝』です。
第1部の「無印」が、密教の阿闍梨である孔雀が闇の勢力と戦う王道の退魔アクションとして見事に完結したのに対し、第2部は様子が違いました。テーマを日本神話や古神道へと広げ、スケールをさらに大きくしたまでは良かったのですが、物語がクライマックスに向かうどころか、謎を大量に振りまいた状態で連載がストップしてしまったのです。
最終巻である11巻を手に取った当時の読者は、呆然としたことでしょう。エピローグもなければ、宿敵との決着もついていない。「第2部完」という文字はあったものの、誰の目にも「描き切れずに終わった」ことが明らかだったからです。これが、今なお語り継がれる『孔雀王』打ち切り説の原点となりました。
作者・荻野真先生を襲った深刻な病状と執筆環境
物語が中断した背景には、何よりも荻野真先生の深刻な体調不良がありました。
『孔雀王』の魅力といえば、何といってもあの圧倒的な描き込みです。仏像や神像、おぞましくも美しい魔物たちの造形、そして飛び散る鮮血。これらを週刊連載という殺人的なスケジュールの中で維持し続けるのは、並大抵の労力ではありません。
荻野先生は、まさに命を削ってペンを握っていました。連載当時から視力の低下や内臓への負担が激しく、座り続けて作業をすること自体が困難な時期もあったといいます。さらに、物語が日本神話という深遠なテーマに踏み込んだことで、設定の整合性を保つための精神的なプレッシャーも相当なものだったと推測されます。
読者は「もっと続きが見たい」と願いましたが、現実にはペンを持つことさえままならないほど、先生の身体は限界を迎えていたのです。この時期の休載や中断は、商業的な理由というよりも、先生の生命を維持するための「ドクターストップ」に近い状態だったと言えるでしょう。
14年越しの再開と『曲神紀』で見せた変化
『退魔聖伝』の中断から長い年月が経った2006年、ファンにとって驚くべきニュースが飛び込んできました。続編となる『孔雀王 曲神紀』の連載開始です。
ここで期待されたのは、当然『退魔聖伝』で残された伏線の回収でした。しかし、始まった物語は、かつての孔雀とはどこか雰囲気の違う、いわば仕切り直しの側面が強いものでした。
ここで顕著になったのが、作画スタイルの劇的な変化です。かつてのアナログによる緻密なトーンワークから、PCを駆使したデジタル作画へと移行していました。これには古くからのファンから「絵が変わってしまった」という戸惑いの声も上がりました。
しかし、これは荻野先生が「漫画家であり続けるため」の、必死の適応でした。体力の低下と視力の問題を抱えながらも、どうにかして孔雀の物語を最後まで描きたい。そのための選択がデジタル化だったのです。手法を変えてでも物語を繋ごうとする姿勢に、先生の並々ならぬ執念を感じずにはいられません。
もし、今から『孔雀王』の世界に触れたいという方がいれば、孔雀王で全巻セットをチェックしてみるのも良いでしょう。第1部から最新作までを並べて読むと、その画風の変遷が、先生の闘病の歴史そのものであることが理解できるはずです。
絶筆、そして関係者の手によって成された「真の完結」
2019年、漫画界に悲しい知らせが届きました。荻野真先生が59歳の若さで逝去されたのです。死因は腎不全でした。
先生は最期まで現役の漫画家でした。入院中のベッドの上でもネームを描き続け、物語を終わらせることだけを考えていたそうです。当時連載中だった『孔雀王ライジング』と『孔雀王 戦国転生』。この2作が先生の遺作となりました。
特に『孔雀王 戦国転生』は、物語の核心に迫る重要な局面でした。先生が亡くなったことで、再び「永遠の未完」になるかと思われましたが、ここで奇跡が起きます。先生が遺した詳細なプロットと、執念で描き上げたネームをもとに、長年支えてきたアシスタントや編集部の手によって、最終回まで描き切ることが決定したのです。
2019年、ついに最終話が掲載されました。そこには、第1部から始まった長い長い旅の終着点が描かれていました。打ち切りと言われ、中断を繰り返しながらも、荻野先生は30年以上の歳月をかけて、ついに孔雀をゴールまで導いたのです。
読者の心に残り続ける『孔雀王』の魅力
なぜ私たちは、これほどまでに『孔雀王』に惹きつけられるのでしょうか。それは単なるアクション漫画の枠を超え、宗教、神話、人間の業、そして「生きること」への問いかけが詰まっているからです。
SNSやQ&Aサイトを見ても、当時の衝撃を語るファンは後を絶ちません。「退魔聖伝のラストはショックだったけど、今の自分なら先生がどれだけ辛かったか理解できる」「最後まで描き切ってくれたことに感謝しかない」といった声が溢れています。
物語の中で孔雀は、どれほど絶望的な状況でも印を結び、光を求めて戦いました。その姿は、病魔と闘いながらペンを動かし続けた荻野先生自身の投影だったのかもしれません。
完結までを見届けたファンにとって、もはや「打ち切り」という言葉は、先生の不屈の闘志を象徴する一部として受け入れられています。未完に終わった作品が多い中で、これほどまでに美しい「最後の灯」をともした作品は稀有だと言えるでしょう。
まとめ:孔雀王はなぜ打ち切りと言われるのか?退魔聖伝の謎や作者の病状、真の完結までを徹底解説
改めて振り返ると、『孔雀王』、特に『退魔聖伝』が打ち切りと言われる理由は、作者である荻野真先生の深刻な体調不良と、あまりにも壮大に広がりすぎた神話的設定にありました。
しかし、それは物語の終わりではありませんでした。14年の空白を経て再開され、デジタルの力を借りて描き続けられ、最後は先生の遺志を継いだ者たちによって、見事なフィナーレを迎えました。「打ち切り」という悲劇を乗り越え、命を懸けて完結させたという事実は、この作品をより一層、伝説的なものへと昇華させたのです。
もしあなたが、途中で読むのを止めてしまった元少年の一人なら、ぜひ今こそ最後まで読み届けてみてください。そこには、一人の漫画家が命を燃やして描き切った、真の救いと感動が待っています。
物語の全貌をその目で確かめたい方は、孔雀王 戦国転生を手に取ってみてください。そこには、打ち切りという言葉を過去に追いやる、魂の完結が記されています。

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