計算機やプログラミングの世界に足を踏み入れると、必ずと言っていいほどぶつかる壁があります。それが「誤差」の問題です。
「正しくコードを書いたはずなのに、なぜか計算結果が微妙にズレる」
「数学の公式通りなのに、コンピュータ上では納得のいかない数値が出る」
こうした現象の背後には、コンピュータ特有の数値処理のルールが隠れています。中でも、今回詳しく掘り下げる「打ち切り誤差」は、私たちが日常的に意識している「四捨五入」のような話とは少し次元が異なる、非常に奥深い概念です。
この記事では、打ち切り誤差とは何かという基本から、よく混同される丸め誤差との違い、そして実務や学習で役立つ具体的な事例まで、会話を楽しむような感覚で読み進められるよう丁寧に解説していきます。
なぜコンピュータは「誤差」を出してしまうのか
まず前提として知っておきたいのは、コンピュータは「有限」の世界に住んでいるということです。
数学の世界では、無限に続く数や、無限に繰り返される操作が当たり前のように登場します。円周率のような無限小数はその代表例ですし、0.1を無限に足し続けるといった操作も頭の中では容易です。
しかし、コンピュータのメモリや演算能力には限界があります。どんなに高性能なMacBook Proや最新のサーバーであっても、無限のデータをそのまま扱うことはできません。
そのため、コンピュータは「どこかで計算を切り上げる」必要があります。この「人間の都合、あるいは計算上の都合で処理を止めたこと」によって生まれるのが、打ち切り誤差の正体です。
打ち切り誤差の正体を突き止める
打ち切り誤差(Truncation Error)を定義するなら、「無限に続く計算手順を、途中のステップで終了させることで生じる、真の値と近似値との差」となります。
ここでのポイントは、数値の桁数が足りなくて溢れたわけではなく、計算の「プロセス(手順)」そのものを途中で止めたという点です。
例えば、以下のようなシチュエーションを想像してみてください。
- 無限級数の計算数学には、ある値を求めるために無限に項を足し合わせていく式があります。これをプログラムで計算する場合、無限に計算を続けるわけにはいきません。100回、あるいは1,000回とキリの良いところで計算を止めます。このとき、本来足されるはずだった「1,001回目以降の数値」がすべて切り捨てられ、それが誤差となります。
- 微分・積分の近似計算微分は本来、変化の割合を「極限(限りなくゼロに近い値)」で捉えるものです。しかしコンピュータで計算する際は、極限の代わりに「十分に小さな値」を用いて代用します。この「限りなくゼロではないけれど、小さな値」を使ったことによる理論的なズレも、打ち切り誤差の一種です。
- 反復アルゴリズム方程式の解を求める際、正解に近づくまで何度も計算を繰り返す手法があります。これも「誤差がこれくらい小さくなったら終了」というルールを設けて途中で止めます。この止めた瞬間に残っているわずかなズレが、まさに打ち切り誤差です。
丸め誤差との違いをスッキリ整理する
打ち切り誤差を学ぶ上で、最大の混乱ポイントが「丸め誤差」との違いです。どちらも数値がズレることに変わりはありませんが、その「犯人」が違います。
丸め誤差は、数値を表現するための「箱(ビット数)」のサイズが決まっているために起こる誤差です。
例えば、電卓で「1÷3」を計算すると「0.3333333」と表示されます。これは、電卓の画面に表示できる桁数が決まっているため、それ以降の数字を切り捨てたり四捨五入したりしているからです。これが丸め誤差です。
一方で、打ち切り誤差は「計算式そのものを簡略化した」ために起こります。
- 打ち切り誤差: 「計算を途中でやめた」ことが原因。アルゴリズムや計算回数に依存する。
- 丸め誤差: 「数値を保存する枠に収まりきらなかった」ことが原因。ハードウェアのビット数(32bitや64bitなど)に依存する。
イメージとしては、打ち切り誤差は「マラソンを途中で棄権したためにゴールとの距離が開いた状態」、丸め誤差は「測りきれない端数を四捨五入した状態」と考えると分かりやすいかもしれません。
打ち切り誤差の身近な具体例
もっと具体的に、どのような場面でこの誤差が現れるのかを見ていきましょう。
1. 誰もが知る「円周率」の扱い
円周率は $3.14159265…$ と無限に続きます。もし私たちが円の面積を求めるプログラムを書くとき、円周率を「3.14」として計算したらどうなるでしょうか。
数学的な真の円周率と、私たちが便宜上決めた「3.14」という値の間には、明らかに差があります。この「計算を簡略化するために、本来続くはずの数値を無視した」ことによる誤差は、典型的な打ち切り誤差の性質を持っています。
2. 指数関数の計算
コンピュータで $e^x$(指数関数)を計算する場合、テイラー展開という手法がよく使われます。これは、べき乗の計算を延々と足し合わせていく方法です。
$$1 + x + \frac{x^2}{2} + \frac{x^3}{6} + \dots$$
この計算を第3項で止めるか、第100項まで続けるかで精度は大きく変わります。早く計算を終わらせようとして項数を減らせば、それだけ打ち切り誤差は大きくなります。
3. 物理シミュレーション
ゲームエンジンの物理演算や、気象予報のシミュレーションでも打ち切り誤差は牙を剥きます。時間を細かく区切って(例えば0.01秒ごとに)物体の位置を計算しますが、この「時間の区切り」が粗いほど、実際の動きとのズレが生じます。これも「連続した時間を、有限のステップで打ち切った」ことによる誤差です。
誤差とどう付き合っていくべきか
「誤差が出るなら、コンピュータの計算なんて信用できないのでは?」と思うかもしれません。しかし、重要なのは誤差をゼロにすることではなく、誤差を「制御(コントロール)」することです。
打ち切り誤差には、他の誤差にはない大きな特徴があります。それは**「努力(計算量)次第でいくらでも小さくできる」**という点です。
項数を増やしたり、シミュレーションのステップを細かくしたりすれば、理論上、打ち切り誤差はいくらでもゼロに近づけることができます。
しかし、ここで面白いジレンマが生じます。打ち切り誤差を減らそうとして計算回数を極端に増やすと、今度は一回一回の計算で発生する「丸め誤差」が蓄積されていき、最終的な結果が逆に悪化することがあるのです。
この絶妙なバランスを取ることこそが、数値計算やプログラミングの醍醐味であり、エンジニアの腕の見せ所と言えます。
実務で意識したいポイント
もしあなたがプログラミングをしていて、数値の精度に悩んだら、以下のことを確認してみてください。
まず、使っているデータ型を確認しましょう。標準的な float 型よりも double 型、あるいは Python の decimal モジュールのような高精度な型を使うことで、丸め誤差の影響を抑えつつ、打ち切り誤差を減らすための深い計算に耐えられるようになります。
次に、アルゴリズムの選択です。同じ結果を得るための計算方法でも、打ち切り誤差が出にくい手法というものが数学的に確立されています。例えば、微分の計算であれば「前方差分」よりも「中央差分」を用いる方が、同じ計算ステップ数でも打ち切り誤差を劇的に小さくできます。
まとめ:打ち切り誤差とは計算の「妥協点」が生むズレ
今回は、数値計算における重要な概念である「打ち切り誤差」について詳しく見てきました。
打ち切り誤差とは、無限に続くプロセスを現実的な時間で終わらせるために、私たちがどこかで「計算を打ち切る」ことで発生する誤差です。これはコンピュータの性能限界というよりは、むしろ計算手法そのものに由来する理論的なズレと言えます。
丸め誤差が「箱の大きさ」の問題であるのに対し、打ち切り誤差は「手順の省略」の問題です。この違いを理解しておくだけで、計算結果が狂った際の原因究明が圧倒的にスムーズになります。
私たちの身の回りにある iPad などのデバイスで動くアプリも、実は裏側でこうした誤差と戦いながら、最も効率的な「妥協点」を探り当てて動いています。
この記事を通じて、打ち切り誤差とは何かという疑問が解消され、数値計算に対する理解が深まったなら幸いです。次に計算結果の微かなズレを見つけたときは、それが「計算を止めたせい(打ち切り)」なのか、「桁が収まらなかったせい(丸め)」なのか、ぜひプロの視点で観察してみてください。

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