「ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない」、そしてスピンオフ作品「岸辺露伴は動かない」。このシリーズにおいて、トップクラスに「不気味で怖い」と言われるエピソードをご存知でしょうか?
それは、あまりにも異様な執着で**「背中を見せない男」**、乙雅三(きのと まさぞう)が登場する回です。
一級建築士として爽やかに登場したはずの彼が、なぜあそこまで必死に背中を隠し、壁を這い、床を転がってまで他人から視線を逸らそうとしたのか。そして、彼に取り憑いていたスタンド「チープ・トリック」の恐るべき正体とは何だったのか。
今回は、ジョジョファンなら避けては通れない、あの絶望的なエピソードの全貌を徹底的に紐解いていきます。
背中を見せない男、乙雅三の異様な初登場
物語の舞台は、M県杜王町。人気漫画家・岸辺露伴の自宅が火事で半壊し、その修繕見積もりのために一人の建築士がやってきます。それが乙雅三です。
初めこそ丁寧な言葉遣いでプロフェッショナルな印象を与えますが、露伴はすぐに彼の「異常性」に気づきます。乙は、頑なに背中を壁につけたまま移動し、椅子に座る際も背もたれに隙間を作らず、階段を登る時は四つん這いになって、決して背後を露見させようとしません。
この「背中を見せたらおしまいだ」という強烈な強迫観念。好奇心の塊である岸辺露伴が、これを見過ごすはずがありませんでした。
岸辺露伴の好奇心が招いた悲劇
露伴は自身のスタンド「ヘブンズ・ドアー」を使い、乙の人生を「本」にして読み解きます。そこには、ただ一言、
「背中を見られたら死ぬ」
という、あまりにシンプルで絶対的な恐怖が書き込まれていました。
乙自身、なぜそうなったのかは分かっていません。彼は「写真の親父」こと吉良吉廣によって「矢」で射抜かれた被害者の一人でしたが、本人は自分がスタンド使いである自覚すら希薄でした。ただ、自分の背中に「何か」がいて、それを見られた瞬間に自分の命が終わるということだけを本能的に悟っていたのです。
しかし、露伴は「見るな」と言われれば言われるほど見たくなってしまう性格。鏡や巧妙なトラップを仕掛け、ついに乙の背中を覗き見てしまいます。
スタンド「チープ・トリック」の正体と能力
乙雅三の背中に張り付いていたもの、それこそが自立型のスタンド「チープ・トリック」です。このスタンドは、ジョジョシリーズ全体を通しても極めて特殊な性質を持っています。
宿主を乗り換える「寄生型」の恐怖
チープ・トリックには、明確な「攻撃」という概念がありません。その能力は、宿主の背中を他人が見た瞬間、現在の宿主を殺害し、見た相手の背中へと「乗り移る」ことです。
乗り移る際、元の宿主はミイラのように乾燥し、数センチのサイズにまで収縮して絶命します。乙雅三はこの能力の犠牲となり、物語の序盤であっけなく退場することとなりました。そして、新たな宿主として選ばれたのが、背中を覗き見てしまった岸辺露伴だったのです。
防御不能・攻撃不能の絶望
チープ・トリックの恐ろしさは、宿主本人がどれほど強力な能力を持っていても、手出しができない点にあります。
- 物理攻撃が無意味: 宿主が自分の背中にいるスタンドを攻撃しようとすると、そのダメージはそっくりそのまま宿主の体に反映されます。
- 精神的嫌がらせ: チープ・トリックは非常に饒舌です。宿主の耳元で常に囁き続け、「背中を見せろ」「お前はもうすぐ死ぬ」と精神的に追い詰めてきます。
- 他力本願の殺意: スタンド自身が手を下すのではなく、宿主に「誰かに背中を見せさせる」状況を強制的に作り出します。
まさに、取り憑かれたら最後。露伴のような無敵に近い能力者であっても、詰みの状態に追い込まれる「最低で最強」の能力と言えるでしょう。
岸辺露伴を襲う、孤独な逃走劇
乙雅三からチープ・トリックを引き継いでしまった露伴。ここから、杜王町を舞台にした奇妙な脱出劇が始まります。
露伴は自宅から一歩も出られなくなります。一歩外に出れば、通行人に背中を見られるリスクがあるからです。しかし、家の中にいてもチープ・トリックは火をつけようとしたり、電話をかけて他人を呼び寄せようとしたりと、隙あらば露伴の背中を晒そうと画策します。
仲間にも頼れない孤独
この戦いの最も過酷な点は、仲間に助けを求められないことです。例えば、ジョジョの奇妙な冒険 第4部の主人公である東方仗助に助けを求めたとしても、仗助が露伴の背中を見た瞬間に仗助が次の標的になり、露伴は死んでしまいます。
露伴は、自分のプライドと命を守るため、そして他人に被害を出さないために、たった一人でこの「喋る災厄」と対峙することになります。
途中、広瀬康一に遭遇し、必死の思いで助けを求めますが、チープ・トリックの声真似や巧妙な心理戦によって、一時は康一にさえ見捨てられそうになります。この時の露伴の焦燥感と、チープ・トリックの狡猾さは、読者に強い緊張感を与えました。
乙雅三の呪いを解いた「あの世の曲がり角」
絶体絶命の露伴が向かったのは、杜王町にある有名な心霊スポット「振り返ってはいけない小道」でした。
この場所は、幽霊である杉本鈴美が留まっている場所であり、特定のラインを越えて「後ろを振り返る」と、無数の「手」によってあの世に引きずり込まれるというルールが存在します。
逆転の発想:スタンドにルールを適用させる
露伴は、自分の意志で背中を見せるのではなく、チープ・トリックを「強制的に振り返らせる」というギャンブルに出ます。
小道の出口付近で、露伴は康一の助けを借りて、ついにチープ・トリックを自分から引き剥がすことに成功します。正確には、チープ・トリックが「露伴の背中から剥がれて移動しようとした瞬間」に、小道のルールを発動させたのです。
「あの世の手」は、スタンドであるチープ・トリックをも容赦なく掴み、地獄へと引きずり込んでいきました。乙雅三を死に追いやり、露伴を絶望させた最悪のスタンドは、自らの好奇心と油断によって自滅する形で幕を閉じました。
実写ドラマ版『岸辺露伴は動かない』での描かれ方
この「背中を見せない男」のエピソードは、高橋一生さん主演の実写ドラマ版『岸辺露伴は動かない』でも映像化され、大きな話題となりました。
ドラマ版では、乙雅三の設定が少しアレンジされています。演じたのは市川猿之助さん。その動きは原作以上の不気味さを放っており、リズミカルでありながらどこか生理的な嫌悪感を抱かせる「背中を隠すアクション」は圧巻でした。
「背中の正面」というタイトルの妙
ドラマ版でのエピソードタイトルは「背中の正面」。この言葉は、本来矛盾している表現ですが、乙雅三というキャラクターの本質を見事に言い当てています。
彼にとって背中は、常に他人と対峙する「正面」と同じ、あるいはそれ以上に気を遣うべき場所だったのです。実写ならではの演出として、乙がリフォーム業者として露伴の家を採寸するシーンでは、レーザー距離計などを使わず、極めてアナログかつ奇妙な手法で距離を測る姿が描かれ、彼の狂気を際立たせていました。
まとめ:ジョジョの背中を見せない男・乙雅三とは?スタンド能力の正体や結末を徹底解説!
乙雅三というキャラクターは、ジョジョの物語全体で見れば、決して主要な敵ではありません。しかし、彼が体現した「日常に潜む理解不能な隣人」の恐怖、そしてチープ・トリックという「一度取り憑かれたら自力では剥がせない」絶望感は、多くの読者のトラウマとなりました。
彼の最期は悲惨なものでしたが、そのエピソードを通じて、岸辺露伴というキャラクターの精神的な強さと、機転の速さがより強調されることとなりました。
- 乙雅三は「矢」の被害者であり、背中を見せることを極端に恐れていた。
- スタンド「チープ・トリック」は宿主を乗り換え、元の宿主を殺害する。
- 岸辺露伴は「振り返ってはいけない小道」のルールを利用して打ち勝った。
もしあなたの周りに、頑なに背中を見せず、壁沿いに歩く人がいたら……。それはもしかすると、何か恐ろしいものに取り憑かれているサインかもしれません。
ジョジョの物語には、まだまだこうした「奇妙な」エピソードが溢れています。今回の解説を機に、改めてジョジョの奇妙な冒険 文庫版を読み返して、杜王町の深淵に触れてみてはいかがでしょうか。

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