「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」
この衝撃的なセリフ、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。2019年に実写映画化され、日本中に「埼玉ブーム」を巻き起こした衝撃作、それが翔んで埼玉です。
でも、実はこの作品、もともとは30年以上も前に描かれた漫画が原作だって知っていましたか?なぜ今、昭和の終わりに描かれた「埼玉ディスり漫画」がこれほどまでに愛されているのか。今回は、その圧倒的な個性に迫ります。
衝撃の「埼玉ディス」!なぜここまで過激な設定になったのか
漫画『翔んで埼玉』を語る上で外せないのが、徹底した埼玉県への「ディスり」です。作中での埼玉の扱いは、もはや「県」というより「秘境」や「被差別地域」のような描かれ方をしています。
物語の舞台は、東京都民から激しい差別を受けている架空の時代。埼玉県民が東京に入るには「通行手形」が必要で、もし不法侵入が見つかれば、たちまち強制送還されてしまうというディストピア的な設定です。
都会指数と通行手形というパワーワード
作中では、家柄や住んでいる場所によって「都会指数」というものが決まっており、それによって扱いが180度変わります。東京の超エリート校、白鵬堂学院では、埼玉出身者はボロボロの校舎に隔離され、まともな教育すら受けられません。
この極端な格差社会が、読者の笑いのツボを容赦なく突いてきます。あまりにも現実離れした設定だからこそ、トゲがなく、純粋なエンターテインメントとして楽しめるのが本作のすごいところです。
作者・魔夜峰央氏の「耽美な絵柄」と「ギャグ」のギャップ
この物語を唯一無二のものにしているのは、作者である魔夜峰央先生の独特なスタイルです。代表作パタリロ!でも知られる魔夜先生の絵は、非常に緻密で美しく、まるで宝塚歌劇団のような華麗な世界観を持っています。
麗しき美少年たちの真剣なバカ騒ぎ
主人公の麻実麗(あさみ れい)は、容姿端麗で文武両道、アメリカ帰りの超エリート転校生。彼と対峙する生徒会長・壇ノ浦百美(だんのうら ももみ)もまた、息を呑むような美少年です。
そんなキラキラした美形キャラクターたちが、大真面目な顔で「埼玉の特産品はネギくらいしかない」「埼玉県民は一生を納豆と漬物だけで過ごすのだ」といったセリフを吐く。この圧倒的な「ビジュアルの美しさ」と「内容のくだらなさ」のギャップこそが、爆笑を生む最大の仕掛けになっています。
もしこれが、雑な落書きのような絵で描かれていたら、ただの悪口に聞こえてしまったかもしれません。しかし、完成された芸術的な絵柄で描かれることで、物語に一種の「気品」と「様式美」が生まれているのです。
実はわずか3話で中断?原作漫画の意外な真実
意外に知られていないのが、原作の翔んで埼玉は、単行本1冊分にも満たない非常に短い作品だということです。1980年代に雑誌連載が始まりましたが、物語がまさに盛り上がろうとしたところで、突如として連載は中断されました。
作者が「埼玉」を離れたことで書けなくなった
なぜ連載が止まったのか。その理由は、魔夜先生が当時住んでいた埼玉県所沢市から、横浜市へ引っ越したからだと言われています。
先生いわく「埼玉に住んでいるからこそ、身内ネタとしてディスることができた。県外に出てしまったら、それはただのいじめになってしまう」という、非常に誠実(?)な理由から筆を置いたそうです。
この「未完の傑作」という状態が、かえって作品に伝説的なオーラを与えました。映画版は、この未完の物語の「その先」を大胆に作り上げたことで、原作ファンをも驚かせる大作へと進化したのです。
映画版が火をつけた「郷土愛」という名の自虐ブーム
2019年に公開された実写映画版は、まさに日本映画界の異端児でした。GACKTさんと二階堂ふみさんという、これ以上ない豪華キャストを起用し、原作の耽美な世界観を完璧に実写化しました。
埼玉県知事も公認?怒るどころか大喜びの県民性
普通、ここまで自分の住んでいる地域をボロクソに言われたら怒り出す人がいてもおかしくありません。しかし、埼玉県民の反応は違いました。
公開当時、埼玉県知事が「悪名は無名に勝る」と公式にコメントし、県を挙げて映画を応援する姿勢を見せたのです。映画館では、埼玉をディスるシーンで県民が大爆笑するという異様な光景が広がりました。
「何もない」と言われがちな埼玉を、あえてネタにすることで、県民同士の結束力が強まる。自虐を突き抜けた先に「自分たちの街は、ネタにできるくらい面白いんだ」という、逆説的な郷土愛が生まれたのです。
他県も参戦!地域対抗バトルの面白さ
映画版では、埼玉だけでなく千葉、群馬、茨城といった周辺各県も巻き込まれた「地域抗争」へと発展します。海がある千葉と、海への憧れが強い埼玉。秘境として扱われる群馬。この「関東あるある」を盛り込むことで、埼玉県民以外も自分事として楽しめるエンタメに昇華されました。
翔んで埼玉に見る、現代社会に効く笑いのエッセンス
なぜ、昭和の漫画がいまの令和の時代にこれほど刺さるのでしょうか。それは、現代社会に蔓延する「格差」や「マウント」というシリアスな問題を、バカバカしいギャグで吹き飛ばしてくれるからです。
くだらないことに全力投球する快感
今の時代、何かを批判したり区別したりすることには、非常にデリケートな注意が必要です。しかし、この作品は「埼玉か、そうでないか」という一点において、徹底的に差別化を行います。
その手法があまりにも極端で、虚構(ファンタジー)として確立されているため、読者は安心して笑うことができます。SNSで誰かが誰かを叩くようなギスギスした空気とは無縁の、清々しいほどの「悪意ある愛」に満ちているのです。
「そこらへんの草」をブランドに変えた力
劇中に登場した「そこらへんの草」というフレーズは、その後、実際の埼玉県内のスーパーや飲食店で商品化されました。「そこらへんの草天丼」や「そこらへんの草せんべい」などが飛ぶように売れる。
このたくましさこそが、この作品が現代に提示した最大の魅力かもしれません。弱みや欠点だと思っていたものを、笑いに変えて武器にする。その姿勢は、読む人に勇気(?)を与えてくれます。
漫画『翔んで埼玉』の魅力とは?実写映画化もされた爆笑コミックを紹介:まとめ
ここまで、漫画『翔んで埼玉』がなぜこれほどまでに人々を惹きつけるのか、その魅力を紐解いてきました。
魔夜峰央先生の圧倒的な画力。
振り切った埼玉ディスという独自の世界観。
未完だからこそ膨らんだファンの想像力。
そして、すべてを笑いに変える県民の懐の深さ。
これらの要素が奇跡的に融合したことで、翔んで埼玉は単なるギャグ漫画を超えた、日本文化を象徴する作品の一つとなりました。
もしいま、あなたが日々の生活に少し疲れを感じているなら、ぜひこの作品を手に取ってみてください。そこには、真面目に悩むのが馬鹿らしくなるような、最高に美しくてくだらない世界が広がっています。
原作漫画で魔夜先生の線の美しさに痺れ、映画版でド派手な演出に爆笑する。そんな楽しみ方ができるのは、世界中でこの作品だけです。埼玉県民の方も、そうでない方も、通行手形を準備して、この「禁断のエンターテインメント」に飛び込んでみませんか?

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