「漫画の背景にある、あの独特のドットや模様ってどうやって描いているんだろう?」
そんな疑問を持ったことはありませんか?実は、日本の漫画文化を支えてきたのはペンとインクだけではありません。「漫画フィルム」と呼ばれる、薄いシート状の画材、通称「スクリーントーン」が、私たちの目にする漫画の世界観を作り上げてきました。
今回は、アナログからデジタルへと時代が移り変わる中で、漫画フィルムがどのような歴史を辿り、現在はどのように形を変えて活用されているのかを深掘りしていきます。
漫画フィルム(スクリーントーン)とは何か?
まず、漫画における「フィルム」の正体についてお話ししましょう。漫画家さんが原稿にペタペタと貼っている、あの半透明のシートのことです。
正式にはスクリーントーンと言いますが、現場では「トーン」や、古くは「フィルム」と呼ばれることもありました。このシートの裏面には弱粘着性の糊がついていて、必要な形にカッターで切り抜き、原稿に貼り付けて使用します。
なぜこんな面倒なことをするのか。それは、白と黒の二色しか使えないモノクロ漫画の世界で「グレー」を表現するためです。細かいドット(網点)が集まることで、私たちの目にはそれが薄い影や柔らかな色彩として認識されるわけですね。
漫画フィルムが辿った驚きの歴史
今でこそデジタルで一瞬ですが、昔はすべてが手作業でした。漫画フィルムの歴史を振り返ると、表現への執念が見えてきます。
始まりは海外のデザイン現場から
意外かもしれませんが、漫画フィルムはもともと漫画用ではありませんでした。1950年代頃、イギリスのレトラセット社やアメリカのジパトーンといったメーカーが、建築製図やグラフィックデザインの補助ツールとして開発したのが始まりです。
当時の日本の漫画家たちは、影を表現するために一本一本手書きで斜線を引いたり(ハッチング)、気の遠くなるような点描を打ったりしていました。そこにこの「貼るだけで影になる魔法のシート」が登場したのですから、当時の衝撃は計り知れません。
日本での普及と黄金時代
1970年代に入ると、アイシースクリーンを代表とする日本製のトーンが普及し始めます。これにより、日本の漫画表現は一気に華やかになりました。
少女漫画ではキラキラした瞳やフワフワした背景に、少年漫画では重厚なメカの質感や迫力ある爆発シーンに。1980年代から90年代にかけては、まさに漫画フィルムの黄金時代。人気作家ともなれば、一ページに何枚ものフィルムを重ね、芸術品のような原稿を作り上げていました。
デジタル化という大きな転換点
2000年代に入ると、パソコンでの漫画制作が一般的になります。ここで「物理的なフィルム」は「デジタルデータ」へと姿を変えることになりました。
現在、多くのプロ作家が愛用しているCLIP STUDIO PAINTなどのソフトには、かつてのフィルムをシミュレートした機能が標準装備されています。これにより、ゴミが付着したり、糊が劣化して剥がれたりといったアナログ特有の悩みから解放されることになったのです。
アナログ時代に培われた職人技とこだわり
デジタル全盛の今だからこそ、当時の漫画家たちがフィルムに対して注いでいた情熱についても触れておきたいと思います。
アナログの漫画フィルムを使うには、高度な技術が必要でした。
- 削りのテクニック: カッターの刃先を使い、貼ったフィルムの表面を薄く削ることで、雲のようなグラデーションや、光が差し込むような表現を作ります。
- 重ね貼り(重ねトーン): 異なる濃度のフィルムを2枚、3枚と重ねて、より深い陰影を作ります。ただし、角度を間違えると「モアレ」という変な模様が出てしまうため、非常に神経を使う作業でした。
- 寸止めの美学: 原稿の紙を傷つけず、上のフィルム層だけを切り抜く力加減。これはもはや職人芸の世界です。
こうしたアナログならではの「揺らぎ」や「質感」は、現在のデジタル作画においても、テクスチャ素材として大切に引き継がれています。
現代における漫画フィルムの活用方法
さて、ここからは現代のクリエイターたちがどのように「フィルム的な表現」を活用しているのか、その実態を見ていきましょう。
デジタル素材としての活用
今の漫画制作において、フィルムは「素材データ」として生きています。液晶ペンタブレットを使って、画面上で範囲を指定し、流し込む。たったこれだけで、かつて何時間もかかっていた作業が完了します。
しかし、単に流し込むだけではありません。あえてアナログの「削り跡」を再現したブラシを使ったり、古い印刷物のような「網点のズレ」を演出として加えたりすることで、デジタル特有の硬さを和らげる工夫がなされています。
3DCGとフィルム表現の融合
最近のアニメやゲームでも、漫画フィルムの技法が応用されています。3Dモデルに対して、影の部分に網点を表示させる「トーンシェーディング」という技法です。
これにより、3Dでありながら2次元の漫画を読んでいるような、独特のスタイリッシュな映像表現が可能になりました。
リマスターとアーカイブ
過去の名作を電子書籍化する際にも、フィルムの知識は欠かせません。古い原稿は、フィルムが変色したり剥がれたりしていることが多いものです。これらをスキャンし、デジタル上で綺麗に補正・貼り直しを行うことで、当時の感動をそのまま現代のデバイスに蘇らせることができます。
初心者が知っておきたいフィルム選びのポイント
もしあなたがこれから漫画を描いてみたい、あるいは「アナログに挑戦してみたい」と思っているなら、いくつかのポイントを押さえておきましょう。
アナログで制作する場合、まずはデザインナイフとトーンヘラを用意してください。これがないと始まりません。
フィルムを選ぶ際の基準は主に2つです。
- 線数(L): ドットの密度です。一般的には60線(60L)が標準的。少女漫画のような繊細な表現なら線数を上げ、少年漫画のような力強い表現なら低めの線数を選ぶのがコツです。
- 濃度(%): ドットの大きさ、つまり影の濃さです。10%なら明るい場所、30%なら標準的な影、といった具合に使い分けます。
デジタルで描く場合も、この「線数」と「濃度」の概念を知っておくと、素材選びに迷わなくなりますよ。
漫画フィルムが教えてくれる「表現」の奥深さ
道具がフィルムからデータに変わっても、私たちが漫画に求める「空気感」や「感情の揺れ」を表現する本質は変わりません。
フィルムを削って光を表現した先人たちのこだわりが、今のデジタルツールの機能一つひとつに宿っています。私たちが普段何気なく読んでいる漫画の1コマ1コマには、そんな歴史の積み重ねが凝縮されているのです。
最近では、あえて手描きの質感を求めてアナログ回帰する作家さんも増えているといいます。便利さだけが正解ではない、表現の多様性が面白いところですよね。
漫画フィルムの歴史と現在の活用方法を徹底解説しました
今回は、漫画制作に欠かせない「フィルム」という存在にスポットを当てて解説してきました。
元々は海外の工業用画材だったものが、日本の漫画家たちの手によって独自の進化を遂げ、今のデジタル全盛期へと受け継がれてきた流れは、まさに文化のバトンタッチと言えるでしょう。
アナログの温かみ、デジタルの効率性。そのどちらもが、漫画という素晴らしい表現を支えています。次に漫画を読むときは、ぜひ背景や影の描写に注目してみてください。そこには、何十年もの歴史を経て進化してきた「フィルム」の魔法がかかっているはずです。
もしあなたがクリエイターなら、ぜひ一度アナログのフィルムを触ってみるのも面白いかもしれません。きっと、デジタルでは気づけなかった「新しい表現のヒント」が見つかるはずですよ。

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