RiN(ハロルド作石)は打ち切り?理由と最終回の謎、伏線を徹底考察&解説!

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『BECK』という音楽漫画の金字塔を打ち立てたハロルド作石先生。その次回作として大きな期待を背負って始まったのが『RiN』です。しかし、物語が終盤に差し掛かるにつれ、読者の間では「これって打ち切りなの?」「急に話が飛びすぎじゃない?」という戸惑いの声が上がりました。

今回は、多くのファンが抱いている「RiNは打ち切りだったのか」という疑問の真相に迫りつつ、難解と言われる最終回の意味や、散りばめられた伏線について徹底的に深掘りしていきます。この記事を読めば、モヤモヤしていたあのラストシーンが、実は必然の結末だったことが見えてくるはずです。


『RiN』が打ち切りと噂される3つの大きな理由

全14巻で完結した『RiN』。前作『BECK』が34巻まで続いた長期連載だったこともあり、14巻というボリュームはファンにとって「少し短い」と感じさせるものでした。なぜ打ち切り説がこれほどまでに根強く囁かれているのか、その主な理由を整理してみましょう。

  • 13巻から14巻にかけての超展開物語の序盤から中盤にかけては、主人公の伏見紀人が漫画家を目指し、投稿や持ち込み、アシスタント生活を経てデビューを目指すという、非常に丁寧な「漫画家漫画」の王道を歩んでいました。しかし、終盤に入るとそれまでのリアリティ路線から一変。前世の因縁、霊的な予言、宇宙的なビジョンといったスピリチュアルな要素が物語の前面に押し出され、一気に完結へと突き進みました。このスピード感のギャップが「急いで終わらせた=打ち切り」という印象を強くしたのです。
  • 未回収に思える謎の多さ作中に登場した重要人物「ヤッサン」の正体や、不思議な力を持つヒロイン・石堂凛の背景など、明確な説明がされないまま読者の想像に委ねられた部分が多く残されました。全ての謎を論理的に説明するタイプの作品ではなかったものの、「もっと深く掘り下げてほしかった」という読者の欲求が、打ち切りへの疑念に繋がっています。
  • 次作へのスムーズすぎる移行『RiN』の連載終了後、間を置かずに『7人のシェイクスピア』の再連載が決定しました。これにより、「作者が本当に描きたかったのはシェイクスピアの方で、RiNは区切りをつけてしまったのではないか」という憶測が流れることになったのです。

しかし、これらはあくまで外側から見た推測に過ぎません。物語を深く読み解くと、ハロルド作石先生が意図した「表現の本質」が見えてきます。


漫画家漫画としてのリアルと「バクマン。」との違い

『RiN』を語る上で避けて通れないのが、同時期に人気を博した『バクマン。』との比較です。あちらが少年ジャンプという巨大なシステムのなかで「いかに戦略的に勝ち上がるか」を描いたのに対し、『RiN』が描いたのは「漫画を描くという行為の呪術性」でした。

  • 魂を削る創作活動の描写伏見がペンを握る際の、あの狂気じみた集中力。ハロルド先生の筆致によって描かれる「線」の力強さは、単なる技術としての漫画ではなく、何かに取り憑かれたような神聖な儀式を感じさせます。
  • 才能とは「受信」すること本作における才能とは、自ら作り出すものではなく、どこか遠くにある「正解」をキャッチして紙に写し取る能力として描かれています。凛という不思議な少女は、伏見という受信機の感度を高め、正しい方向へ導くための「巫女」のような役割を果たしていました。

漫画業界の裏側を知りたいなら漫画家になるための本などを探せばいくらでも情報はありますが、クリエイターが直面する「孤独」や「運命」をここまで生々しく表現した作品は他にありません。


最終回に込められた意味と伏見が選んだ「運命」

『RiN』の最終回は、決して分かりやすいハッピーエンドではありません。伏見と凛が結婚して幸せに暮らす、といった世俗的な結末を期待した読者にとっては、拍子抜けする内容だったかもしれません。しかし、本作のテーマに照らし合わせれば、あれこそが唯一無二の終着点でした。

  • 「創造か破滅か」という二択物語を通じて繰り返されたこの問い。伏見は結局、平穏な日常ではなく「表現者としての修羅の道」を選びました。彼にとって凛と繋がる唯一の方法は、世の中に傑作を送り出し続けること。ラストシーンで描かれた二人の接触は、肉体的な再会を超えた、魂レベルでの融合を意味しています。
  • 時空を超えた繋がりの完成前世からの因縁が明かされたことで、物語は単なる現代劇から「魂のサイクル」を描く壮大なドラマへと昇華されました。一見すると唐突なスピリチュアル展開ですが、実は1巻の冒頭から緻密に計算された流れだったことが、再読するとよく分かります。

もし、物語の全貌をもう一度整理したいのであれば、電子書籍で一気読みすることをおすすめします。kindle paperwhiteのようなデバイスがあれば、ハロルド先生の緻密な描き込みを細部まで堪能できるでしょう。


打ち切りではない?作品の評価を二分する「作家性」の深化

結局のところ、『RiN』は打ち切りだったのでしょうか。公式なアナウンスがない以上、真実は作者と編集部のみぞ知るところですが、作品の完成度を鑑みるに「描くべきコアな部分は描き切った」というのが妥当な評価でしょう。

  • 読者の期待とのミスマッチ『BECK』のような、仲間と共に這い上がる王道のサクセスストーリーを期待していた層にとって、『RiN』の後半はあまりに内省的で哲学的すぎました。しかし、これはハロルド作石という作家が、より純粋に「創作の深淵」を描こうとした結果だと言えます。
  • 再評価されるべき「音のない音楽」ならぬ「形のない運命」『BECK』では漫画から音楽を聴かせましたが、『RiN』では漫画から「運命の鼓動」を感じさせることに成功しています。この挑戦的な姿勢こそが、本作を単なるヒット作の後の二番煎じに終わらせなかった理由です。

創作の苦悩に共感する人は、クロッキー帳を手に取って自分でも絵を描いてみたくなるかもしれません。それほどまでに、本作の「描くことへの執念」は凄まじいものがありました。


RiN(ハロルド作石)は打ち切り?理由と最終回の謎、伏線を徹底考察&解説!:まとめ

さて、ここまで『RiN』の打ち切り説の真相や、物語に込められた深い意図について考察してきました。

結論として、本作は単なるストーリー漫画の枠を飛び越え、「表現とは何か」「運命とは何か」という極めて個人的かつ普遍的な問いを、読者に突きつけた異色作です。急展開に見えた終盤も、伏見紀人という一人の漫画家が「覚醒」するための通過儀礼として見れば、非常に納得感のある構成になっています。

  • 打ち切りと言われるのは、後半のスピリチュアルな急展開と未回収の謎が原因。
  • しかし、その実態は「創作の本質」を突き詰めた、予定通りの完結である可能性が高い。
  • 最終回は、伏見と凛の魂が時空を超えて繋がったことを示す、美しい終着点。

もしあなたがまだ、あの結末に納得がいっていないのであれば、ぜひもう一度、最初から読み返してみてください。きっと、初読時には気づかなかった伏見の視線の先や、凛の言葉の裏に隠されたメッセージが見つかるはずです。

ハロルド作石先生が命を削って描き出した『RiN』という物語。その真価は、読み手の解釈によって無限に広がっていくのです。

次は、ハロルド先生の原点ともいえるゴリラーマンや、現在進行形の挑戦である7人のシェイクスピアと読み比べて、その一貫した作家性を探ってみるのも面白いかもしれませんね。

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