「ドラクエのアニメがあったのは知っているけど、最後どうなったんだっけ?」
「子供の頃、急に終わってしまってモヤモヤした記憶がある……」
そんな風に思っている方は少なくないはずです。1989年に鳴り物入りでスタートしたテレビアニメ『ドラゴンクエスト』(通称:アベル伝説)。鳥山明先生がキャラクター原案を手掛け、すぎやまこういち先生の神曲が流れるという、まさに「地上波で見られる冒険」に当時の子供たちは熱狂しました。
しかし、物語が最高潮に達したところで、番組は突如として幕を閉じます。巷では「打ち切り」という言葉が飛び交い、未完の名作として語り継がれることになりました。
今回は、アベル伝説がなぜ打ち切られたのか、その驚きの真相と、知られざる第2部の完結までの歩みを徹底的に掘り下げていきます。
豪華すぎた制作体制と「大人の事情」が生んだ摩擦
アベル伝説を語る上で外せないのが、当時のアニメとしては破格の豪華さです。エニックス(現スクウェア・エニックス)が全面協力し、アニメーション制作は名門のスタジオぴえろ。当時のジャンプ黄金期を支えた鳥山明先生のデザインがそのまま動くというだけで、今の時代ならSNSが毎日トレンド入りするレベルの事件でした。
しかし、その「豪華さ」こそが、番組の首を絞める結果となります。
圧倒的なクオリティが生んだ予算の限界
当時の関係者の証言などを紐解くと、1話あたりの制作費が通常のアニメの数倍に膨れ上がっていたと言われています。鳥山明先生のキャラクターは線が多く、アニメーター泣かせ。それを高いクオリティで維持し続けるには、莫大なコストと時間が必要でした。
さらに、メインスポンサーであったエニックスや玩具メーカーのタカラ(現タカラトミー)との関係性もありました。当時はドラゴンクエスト関連のグッズ展開も盛んでしたが、アニメの制作費を回収できるほどの爆発的なヒットには至りませんでした。クオリティを追求すればするほど赤字が膨らむという、皮肉な構造が出来上がっていたのです。
強力すぎる裏番組の存在
視聴率の面でも、アベル伝説は苦戦を強いられました。当時の土曜19時30分枠。この時間帯、裏番組には伝説的な人気を誇った『クイズダービー』(TBS系)が鎮座していました。
当時はまだ一家に一台のテレビが主流。子供たちが「ドラクエを見たい!」と叫んでも、親たちが「今日はクイズダービーだ」と言えば、チャンネル権は親に握られてしまいます。ターゲット層である子供たちが、物理的に視聴できない環境にあったのです。
結果として、期待されたほどの視聴率を稼ぐことができず、スポンサー側の判断として「第1部終了」という形での一時撤退が決まってしまいました。
第1部ラストの衝撃!「俺たちの戦いはこれからだ」の絶望
1990年9月、第43話「決戦!エスターク城」で第1部は終了します。
この時の終わり方は、当時の子供たちにトラウマ級の衝撃を与えました。主人公のアベルが宿敵バラモスの本拠地に乗り込み、まさに今から最終決戦が始まるという最高の盛り上がり。そこで流れたのは、無情にも「アベルたちの戦いはこれからも続く」というナレーションでした。
視聴者の間に広まった「打ち切り」の文字
ラスボスを倒すどころか、対峙した瞬間に番組が終わる。これは誰が見ても「打ち切り」以外の何物でもありませんでした。当時はインターネットもありませんから、情報源は学年誌や風の噂のみ。
「視聴率が悪かったから終わったらしい」「ドラクエの新作ゲームと内容が合わなかったからだ」といった憶測が飛び交い、ファンの心には大きな穴が開きました。この「未完の印象」があまりに強すぎたため、アベル伝説=打ち切りの悲劇というイメージが定着してしまったのです。
復活の第2部!知られざる完結編の熱い展開
実は、アベル伝説には続きがあります。第1部の放送終了から約3ヶ月後の1991年1月、多くのファンの要望に応える形で「第2部」の放送が開始されました。
しかし、ここでも不運が重なります。
一部地域のみの放送というハードル
第2部はゴールデンタイムではなく、金曜夕方などのローカル枠に移動しての放送となりました。そのため、関東圏などでは放送されましたが、地方によっては放送されない地域も多く存在しました。
「続きが放送されていることすら知らなかった」というファンが続出したのは、この放送枠の変更が原因です。第2部は全11話という短いスパンでしたが、内容は第1部の鬱憤を晴らすかのような怒涛の展開でした。
宿敵バラモスとの決着と大魔王の登場
第2部では、アベルたちの成長が凄まじいスピードで描かれます。かつての仲間との再会、聖龍伝説の謎の解明、そしてついにバラモスを打ち破る瞬間。さらに、物語の裏で糸を引いていた「大魔王ゾーマ」との最終決戦までが描かれました。
第1部の丁寧な描写に比べると、物語の進行スピードがかなり速い印象はありますが、それでもアベルとティアラが再会し、世界に平和を取り戻す結末は、長年追い続けてきたファンにとって涙なしでは見られない大団円でした。
時代が早すぎた?アベル伝説が残した功績
今振り返ってみると、アベル伝説は決して「失敗作」ではありませんでした。むしろ、現在のアニメ業界で行われているメディアミックスの先駆けともいえる挑戦的な作品だったのです。
独自の解釈を加えた「もうひとつのドラクエ」
この作品の面白いところは、ゲームの設定を単にトレースするのではなく、アニメ独自のスパイスを加えていた点です。
- 「青き珠」と「赤き珠」による伝説の構成
- レベルアップという概念を物語に組み込む手法
- スライムのチチなど、魅力的なオリジナルキャラクター
これらは、ゲームの『ドラゴンクエストⅢ』や『ドラゴンクエストⅣ』の要素をミックスしつつ、アニメとして一本の筋を通そうとした野心的な試みでした。特に、アベルが成長していく過程を丁寧に描く王道のボーイ・ミーツ・ガールとしての側面は、今見返しても非常に完成度が高いです。
幻の作品から「伝説」へ
放送終了後、アベル伝説は長い間、ビデオ化やDVD化に恵まれませんでした。著作権の兼ね合いや権利関係が複雑だったこともあり、ファンの間では「二度と見られない幻の作品」と呼ばれていた時期があります。
しかし、2000年代に入りようやくドラゴンクエスト アベル伝説 DVDとしてBOXが発売されました。この時、初めて第2部の完結までを視聴できたというファンも多く、再評価の機運が一気に高まりました。
ドラゴンクエスト・アベル伝説はなぜ打ち切られた?真相と第2部完結までの経緯を解説:まとめ
アベル伝説が「打ち切り」と言われた最大の理由は、制作コストの高騰と裏番組の強さ、そして第1部ラストの中途半端な終わり方にありました。
しかし、それは決して作品自体の魅力が欠けていたからではありません。あまりにも高い理想とクオリティを追求した結果、当時のテレビ放送という枠組みに収まりきらなかった、いわば「早すぎた大作」だったのです。
第2部までを通して見れば、アベル、ティアラ、デイジー、ヤナックといった個性豊かな仲間たちが織りなす冒険は、間違いなくドラクエの魂を受け継いだ素晴らしい物語でした。
もし、あなたが今でも「アベルは結局どうなったの?」と気になっているなら、ぜひ配信サービスやDVDで、その伝説の結末を確かめてみてください。あの頃、テレビの前で握りしめたコントローラーと同じくらいの熱量で、彼らの冒険に再び心躍らされるはずです。
「打ち切り」という悲しいレッテルを超えて、今なお愛され続けるアベル伝説。その真相を知った今、改めてこの物語に触れてみるのはいかがでしょうか。
次は、アベル伝説に登場する魅力的なモンスターたちの設定や、当時のゲームとの連動企画についても調べてみましょうか?

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