『ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ラン(SBR)』を読み進めていくと、避けては通れない衝撃的な存在が登場します。それが「聖人の遺体」です。物語の核心であり、すべての争奪戦の火種となるこの遺体。作中では明言こそ避けられつつも、その正体が「イエス・キリスト」であることは疑いようのない事実として描かれています。
なぜ、19世紀末のアメリカを舞台にしたレース漫画に、キリスト教の救世主が登場するのか。そして、その遺体が持つあまりにも強大な力にはどのような意味があるのか。今回は、ジョジョファンなら誰もが一度は深く考察したくなる「ジョジョとイエス」のミステリアスな関係について、元ネタや歴史的背景を交えながら徹底的に紐解いていきましょう。
聖人の遺体の正体はなぜ「イエス」と言い切れるのか
第7部において、北米大陸各地に散らばったバラバラの遺体を集めることが、主人公ジョニィ・ジョースターやファニー・ヴァレンタイン大統領の目的となります。この遺体が「イエス・キリスト」のものであるとされる根拠は、作中にいくつも散りばめられています。
まず、遺体の地図を記した人物として登場する「アリマタヤのヨセフ」の存在です。新約聖書において、十字架にかけられたイエスの遺体を引き取り、自身の用意した墓に埋葬した人物こそが彼です。この名前が出てきた時点で、遺体の主が誰であるかは世界中の読者に確信を与えました。
さらに、遺体がジョニィに語りかけるシーンや、その容姿の描写も決定的です。茨の冠を思わせる造形や、手足に残る釘の跡。これらはキリストの受難を象徴する記号そのものです。物語のクライマックスでジョニィが「イエス」と確信を持って呼びかける場面は、読者にとってもそれまでのパズルがすべて組み合わさった瞬間でした。
なぜアメリカに?モルモン教の伝承と荒木流アレンジ
歴史的に見れば、イエス・キリストはパレスチナの地で没したとされています。しかし、ジョジョの世界では「復活した聖人が東へ向かい、アメリカ大陸に渡った」という独自の歴史が語られます。この設定、実は完全な創作ではなく、実在する宗教的伝承がモチーフになっていると言われています。
それが、アメリカ発祥のキリスト教系新宗教である「モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)」の教義です。モルモン教では、復活後のイエスがアメリカ大陸を訪れ、古代のアメリカ先住民に福音を説いたという伝承があります。荒木飛呂彦先生はこの「アメリカとイエス」という意外な結びつきを物語の土台に据えることで、広大なアメリカ大陸を横断する「スティール・ボール・ラン」というレースに神聖な目的を付与したのです。
この設定があるからこそ、アメリカ合衆国大統領であるヴァレンタインが「自国を世界の中心にする」という野望のために遺体を集めるという動機に、圧倒的な説得力が生まれました。
遺体がもたらす「スタンド能力」と「奇跡」の正体
ジョジョの世界において、遺体は単なる崇拝の対象ではありません。それに触れた者に「スタンド」という超能力を授ける強烈なエネルギー体です。ジョニィの「タスク」も、ジャイロの「スキャン」も、元を辿れば遺体の部位を手に入れたことで発現、あるいは強化された力です。
しかし、遺体が持つ真の恐ろしさは、ヴァレンタイン大統領のスタンド「D4C」が、遺体の全部位を集めた際に発動した追加能力「ラブトレイン」に集約されています。この能力の本質は「自分への不運をすべて他所へ流し、幸運だけを留める」というものです。
これは一見、救世主らしからぬ冷酷な力に見えますが、「身代わりとなって罪を引き受ける(あるいは他へ流す)」という聖書の贖罪の概念を、荒木先生流に「物理的な隙間」として再構築した結果だと言えるでしょう。誰かが幸せになる影で、世界のどこかの誰かが必ず不幸を引き受ける。この「等価交換」や「因果の移動」というテーマは、次作の第8部『ジョジョリオン』へと引き継がれる重要なキーワードとなります。
ルーシー・スティールと「聖母マリア」のオマージュ
物語の中で、遺体をその身に宿すことになる少女ルーシー・スティール。彼女の役割は、聖書における聖母マリアのメタファーとして描かれています。14歳という若さで「聖なるもの」を身ごもり、それによって数々の苦難に巻き込まれる姿は、まさに処女懐胎のオマージュです。
ルーシーが遺体の一部を体内に隠し、それが文字通り彼女の肉体と一体化していく描写は、グロテスクでありながらも神々しい美しさを放っています。彼女が単なる「守られるヒロイン」ではなく、自らの意志で遺体と共に歩む決意をする過程は、ジョジョにおける女性キャラクターの強さを象徴するエピソードの一つです。
音楽バンド「Yes」とジョジョの奇妙な共鳴
「ジョジョ」と「イエス」という言葉の組み合わせを聞いて、もう一つ忘れてはならないのが、イギリスの伝説的プログレッシブ・ロックバンドYes(イエス)です。
アニメ版の第1部および第2部のエンディングテーマとして採用された彼らの名曲「Roundabout(ラウンドアバウト)」は、ジョジョファンの間では伝説となっています。あの印象的なアコースティックギターのイントロが流れ出し、画面の端に「To Be Continued」の矢印が表示される演出。あれを体験した時の鳥肌は、今でも忘れられません。
荒木先生自身、執筆中に音楽から多大なインスピレーションを受けることで有名ですが、バンド「Yes」の楽曲が持つ重層的な構成や、幻想的な世界観は、まさにジョジョの物語が持つスケールの大きさと共鳴しています。「Roundabout」という言葉には「回り道」や「環状交差点」という意味がありますが、これは第7部のジャイロが語った「一番の近道は遠回りだった」という哲学にも通じるところがあり、偶然とは思えない運命的な繋がりを感じさせます。
遺体が示す「漆黒の殺意」と「黄金の精神」
主人公ジョニィ・ジョースターは、決して清廉潔白な聖人ではありません。彼は自分の目的のために他人を犠牲にすることも厭わない「漆黒の殺意」を持った男として描かれます。そんな彼が、遺体(イエス)と出会い、その声を聞くことで、徐々に変化していきます。
遺体はジョニィに「迷いがあるなら撃つな」という、一見突き放したような、しかし本質を突いた助言を与えます。これは「自分の意志で運命を選び取れ」という神からの試練のようでもあります。最終的にジョニィが手に入れたのは、単なる遺体の力ではなく、自らの限界を超えて「無限の回転」へと到達する精神の成長でした。
遺体(イエス)という存在は、手にした者に幸運を与える魔法のランプではなく、その者の覚悟と精神性を試す「鏡」のような役割を果たしていたのかもしれません。
競合する野望:大統領の正義と聖人の意志
ファニー・ヴァレンタイン大統領は、ジョジョ史上でも稀に見る「私欲のない悪役」です。彼は自分のためではなく、愛する祖国アメリカのために遺体を求めました。彼にとって遺体は、国を繁栄させるための「究極の資源」でした。
一方、ジョニィにとって遺体は「マイナスからゼロへ戻るための希望」でした。どちらも切実な願いですが、聖人の遺体は最終的にどちらの味方もしなかったようにも見えます。遺体は特定の誰かの所有物になることを拒むかのように、物語の結末で静かに封印されます。
この「神の力は人間がコントロールできるものではない」という結末は、宗教的な謙虚さを感じさせると同時に、人間の意志の尊さを強調するジョジョらしい着地点だと言えるでしょう。
まとめ:【ジョジョ】イエス・キリストの正体とは?聖人の遺体の謎と元ネタを徹底解説!
『ジョジョの奇妙な冒険 第7部』におけるイエス・キリスト、すなわち聖人の遺体は、物語に圧倒的な奥行きと神話性を与える存在でした。モルモン教の伝承をベースにした大胆な設定、贖罪や不運の転嫁といった宗教的・哲学的なテーマの昇華、そしてルーシーやジョニィに与えた過酷なまでの試練。
それらすべてが絡み合い、ジョジョは単なるバトル漫画を超えた、人間の「運命」と「意志」の物語へと進化を遂げました。また、バンドYesの音楽がアニメを通じて物語に彩りを添えたことも、この作品の魅力を語る上で欠かせないピースとなっています。
遺体の謎を知った上で読み返すと、初見では気づかなかった細かな描写やセリフの重みに気づくはずです。荒木先生が描いた「聖人」の姿を通して、あなたも自分自身の「黄金の回転」を見つけてみてはいかがでしょうか。
【ジョジョ】イエス・キリストの正体とは?聖人の遺体の謎と元ネタを徹底解説! というテーマで、この奥深い物語の世界をさらに楽しんでいただければ幸いです。

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