「鬼滅の刃」を読んでいて、あるいはアニメを観ていて、「これってジョジョに似てない?」と感じたことはありませんか?ネット上では「鬼滅の刃はジョジョのパクリだ」なんて刺激的な言葉が飛び交うこともありますよね。
確かに、どちらの作品も「呼吸」を使って戦い、「太陽を克服しようとする不死身の怪物」と死闘を繰り広げます。これだけ聞くと、既視感を覚えるのも無理はありません。
しかし、長年ジャンプ作品を愛読してきたファンからすれば、この関係性は単なる「パクリ」の一言で片付けられるものではないのです。そこには、漫画界の巨塔への深いリスペクトと、伝統を継承しながら進化した「少年漫画の王道」の姿があります。
今回は、なぜこれほどまでに「鬼滅の刃はジョジョのパクリ」と言われるのか、その具体的な共通点から、作者・吾峠呼世晴先生が明かした真実まで、徹底的に深掘りしていきます!
「呼吸」と「波紋」の切っても切れない関係
まず、誰もが真っ先に思い浮かべるのが「呼吸」の設定でしょう。
「ジョジョの奇妙な冒険」の第1部、第2部では、吸血鬼に対抗する唯一の手段として「波紋の呼吸」が登場します。特殊な呼吸法によって血液の循環をコントロールし、生命エネルギーを練り上げ、太陽と同じ波長のエネルギーを放つ技術です。
一方で「鬼滅の刃」の主人公・炭治郎たち鬼殺隊も、心肺機能を飛躍的に高める「全集中の呼吸」を駆使して戦います。
- ジョジョの波紋: 特殊な呼吸で「太陽のエネルギー」を作り出す。
- 鬼滅の呼吸: 特殊な呼吸で「身体能力」を限界まで引き出す。
アプローチは少し違いますが、「呼吸を整えて超常的な力を得る」というプロットは、間違いなくジョジョが築き上げた偉大な発明です。もしあなたがジョジョを知っていて鬼滅を読めば、「あ、これは波紋のオマージュだな」と直感するのは非常に正しい反応だと言えます。
日光を嫌う「鬼」と「吸血鬼」の共通設定
次に注目したいのが、敵の存在です。「鬼滅の刃」に登場する鬼たちは、日光を浴びると体が崩壊して消滅してしまいます。これ、ジョジョにおける「吸血鬼」や「柱の男」の弱点と全く同じですよね。
さらに、敵が増える仕組みも似ています。
- ジョジョ: ディオが自分の血を人間に注入して「ゾンビ」を作る。
- 鬼滅の刃: 鬼舞辻無惨が自分の血を人間に与えて「鬼」に変える。
「強大な力を持つ王が、自分の血を分け与えることで配下を増やす」という構図は、物語に絶望感とカリスマ性を与える手法として非常に共通しています。
また、鬼滅の刃のラスボスである無惨が「太陽を克服すること」を最終目的に掲げている点も、ジョジョ第2部のカーズが「石仮面」と「エイジャの赤石」を使って究極生命体になり、太陽を克服しようとした動機と重なります。
これほど多くの共通点があれば、「鬼滅の刃はジョジョのパクリ」という意見が出てくるのも自然なことかもしれません。
作者・吾峠呼世晴先生が語ったジョジョへの愛
では、作者の吾峠呼世晴先生はこの「似ている」という指摘をどう考えているのでしょうか?
実は、吾峠先生は公式な場や巻末コメントなどで、自身が「ジョジョの奇妙な冒険」のファンであることを隠していません。過去のインタビューや編集者の証言によると、吾峠先生が影響を受けた作品として真っ先に名前が挙がるのがジョジョなのです。
漫画家が好きな作品から影響を受けるのは、この業界ではごく当たり前のこと。むしろ「ジョジョの面白い要素を現代の読者にも伝えたい」という、リスペクトを込めたオマージュであると捉えるのが自然です。
「パクリ」というのは、相手への敬意がなく、ただアイデアを盗んで自分のものとして偽ることを指します。しかし、鬼滅の刃からはジョジョという偉大な先人への「憧れ」が至る所に感じられます。
例えば、炭治郎が絶望的な状況でも折れずに立ち向かう姿。これはジョジョの根底に流れるテーマ「人間讃歌」そのものです。どんなに傷ついても、知恵と勇気で運命を切り開く人間の美しさを描く姿勢は、まさにジョジョの魂を受け継いでいると言えるでしょう。
決定的な違いは「情緒」と「家族愛」にある
設定がどれほど似ていても、読後感が全く違うのはなぜでしょうか?それは、「鬼滅の刃」がジョジョの骨組みを借りつつも、独自の「血肉」を通わせているからです。
ジョジョは、スタイリッシュなポージングや独特の擬音、そして頭脳戦を駆使した「格好良さ」と「奇妙さ」を追求した芸術作品のような側面があります。
対して「鬼滅の刃」が最も力を入れているのは、登場人物たちの「情緒」と「家族愛」です。
- 鬼の過去への慈悲: ジョジョの敵は徹底的に悪として描かれることが多いですが、鬼滅の鬼は、元は悲しい境遇にいた人間として描かれます。炭治郎は彼らを倒した際、冷たく突き放すのではなく、その悲しみに寄り添います。
- 妹を守るという動機: 物語の出発点が「妹を人間に戻す」という極めて個人的で深い愛情に基づいている点も、鬼滅独自の切なさを生んでいます。
この「和」の精神と、日本人の心に響く浪花節的なストーリーテリングこそが、ジョジョというベースの上に築かれた「鬼滅の刃」だけの魅力なのです。
漫画界に受け継がれる「ジャンプの血統」
「鬼滅の刃」だけでなく、少年ジャンプの作品は常に先代のヒット作から何かを学び、それを進化させてきました。
かつて「ドラゴンボール」が格闘漫画のスタンダードを作り、「ONE PIECE」が冒険ロマンの王道を築いたように、ジョジョが提示した「特殊な能力で異形の敵と戦う」というプロトタイプは、今やジャンプの共有財産(伝統)となっているのです。
「HUNTER×HUNTER」の念能力や「呪術廻戦」の呪力など、多くの人気作がジョジョの「スタンド」という概念から影響を受けているのは有名な話です。そう考えると、鬼滅の刃が「呼吸」という設定を引き継いだのは、ジャンプの血統を正しく受け継いだ証拠とも言えます。
もし、今の時代にジョジョのような熱いバトルを楽しみたいなら、タブレットで電子書籍をチェックしてみるのも良いですね。最新のfire hd 10なら、美しいカラー版のジョジョも、鬼滅の鮮やかな戦闘シーンも最高に楽しめます。
結論:鬼滅の刃はジョジョのパクリ?呼吸や鬼の共通点と作者が語った意外な真実を検証!
最後にまとめると、鬼滅の刃とジョジョに共通点が多いのは事実です。しかし、それは決して悪意あるパクリではなく、偉大な先駆者への「最大級の敬意(リスペクト)」に基づいた継承です。
ジョジョが切り拓いた「人間讃歌」という道を、吾峠呼世晴先生が「家族愛」と「和の美学」で彩り、新しい時代のスタンダードとして完成させたのが「鬼滅の刃」という作品なのです。
「呼吸」という設定一つとっても、そのルーツがジョジョにあると知ることで、両作品の深みがより一層増して見えてきませんか?
どちらの作品も、人間の可能性を信じ、諦めない心を教えてくれる名作であることに変わりはありません。もし片方しか読んでいないという方がいれば、この機会にぜひ両方の世界に触れてみてください。そこには、時代を超えて受け継がれる「ジャンプの魂」が熱く流れているはずです。

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